被災地の“イマ”を感じた「東北・みやぎ復興マラソン」

カテゴリ:地域

  • 「復興マラソン」に参加して感じた“現状”
  • まだ復興は半ば...さら地が広がる閖上地区
  • 「来てくれてありがとう!」沿道の応援に、逆に元気をもらい完走

大会名に「復興」 被災地沿岸を走るマラソン大会に参加

10月13日と14日の2日間、宮城県の岩沼市、名取市、亘理町の沿岸部を走る「東北・みやぎ復興マラソン2018」が開催された。
13日は2km車いすジョギングと2km親子ペアラン、14日はフルマラソンと5kmが行われ、フルマラソンには1万1,382人がエントリー、被災地を駆け抜けた。

本大会は、東日本大震災の被災地復興支援として去年初開催。
前回の第1回大会は、混乱やトラブルがあったり、不便なところもあったりしたにも関わらず、一方で「行ってよかった」という高い評判も多く見られた。

2回目の大会に参加して感じた、被災地の現状やこの大会ならではの魅力を紹介する。

「被災地」の思いが詰まった冊子

マラソン大会は、事前に自宅にゼッケンや計測チップ、大会冊子などが郵送されてくることが多い。
冊子の内容は、通常、大会概要や関係者のあいさつ、協賛企業の広告のほか、出場者一覧などが掲載されていて、正直あまり面白い内容とは言えず、筆者は読み飛ばすことが多い。
本大会の冊子にも同じ内容が載っているが、そこには復興への熱いメッセージが詰まっていて、思わず隅から隅までしっかり目を通したくなる内容だった。

「OFFICIAL MEMORIAL BOOK」と名付けられた大会冊子

まず冊子には、「復興の歩みを、目で、脚で感じてほしい」「あなたの走りが復興につながります」などといった、大会主催者側の思いがつづられている。

大会関係者のあいさつは最後のページに大会会長のコメントが半ページだけ掲載されているだけで、代わりに、参加するランナーや宮城/福島/岩手の人たちの、「走って自分に何ができるか考えたい」「復興の進展を見てほしい」といった声が紹介されている。
あくまで主役は、出場するランナー、そして被災者と被災地であるという気持ちが伝わってくる。

福島県飯舘村のイチゴ生産者らが紹介されたページ このイチゴはコース上の給食で提供された

さら地が広がる閖上地区の現状

東京からの参加ということもあり、前日に現地入り。
今回宿泊したのは名取市で、沿岸から約5kmの杜せきのした駅を降りると、駅前には大きな商業施設もあり、街並みもきれいだった。
沿岸地域の現状を見ておきたいと車を借り、津波で甚大な被害を受けた閖上地区へ向かった。

途中、新築が並ぶかさ上げされた地域を通ったが、そこを過ぎ沿岸へ近づくと、被災から7年半たった今も、まだ復興とは呼べない景色が広がっていた。
もちろん震災後に建設されたであろう工場も見られたし、ゆりあげ港朝市と商業施設「メイプル館」は、ちょうどイベントが行われていたので多くの人でにぎわっていたが、閖上地区を見渡せる日和山にのぼると、一面のさら地と損壊したままの建物が点在していた。

日和山から見る閖上地区
東日本大震災慰霊碑 この地には慰霊碑と同じ高さ(8.4m)の津波が押し寄せた

「黙とう」後スタート…コースから感じる復興

フルマラソンが行われた14日、名取駅前からシャトルバスに乗り、会場である岩沼海浜緑地北ブロックに午前7時前には到着。

スタート時間が近づき整列、そしてオープニングセレモニー。
黙とうを行ったあとにスタートした。

まずは、岩沼市のかさ上げ道路を通って亘理大橋を渡り、亘理町へ入る。
亘理町では、校舎の1階が津波で被災し、復旧まで丸2年かかった荒浜小学校の周辺を通るのだが、真新しい道路を走ったり運動公園が見えたりと、復興の様子がうかがえた。

そしてまた亘理大橋を通り岩沼市へと戻ると、今度は海岸線を走って名取市へと向かう。
この海岸線にはかつて防災林があったというが、津波で流出してしまい、今は新たな防災林になるために植樹された松の若木を見ることができる。
ちなみに、この場所では前日の13日に、出場者を対象とした植樹イベントも行われ、コース作りに関わることができる。

名取市に入ると、前日に訪れたメイプル館で折り返し、1kmにわたり沿道にコスモスが咲き乱れる道路を戻ってゴールへ向かう。
この「コスモスロード」発案者の女子高校生は震災で友達を亡くしていて、友達はこの周辺で見つかったのだという。

応援しに来たつもりが逆に元気づけられる

コースは、ところどころ住宅地は通るものの、全体としては「何もない」ところを走る。
だが、大勢の地元の方々やボランティアが駆けつけ、「頑張れー!」「来てくれてありがとう!」などと応援してくれる。

被災地を応援する目的で来たのに、逆に元気づけられ、とても温かい気持ちになり、この人たちの前で恥ずかしい走りはできないと、最後まで一定のペースで走りきることができた。

「はらこめし」に「雄勝石」...特産品が盛り込まれた大会

コース自体にも復興への思いが散りばめられていたが、レース中に給水や給食を取ることができるエイドステーションにも趣向が凝らされていた。
「BACK TO THE HOMETOWN」と名付けられたエイドステーションには、かつてあった集落の名前がつけられ、「はらこめし」などの郷土料理や伝統芸能が披露される。

「荒浜エイドステーション」で振る舞われた「はらこめし」

また、ゴール後に見て回ったフードなどが食べられる出店エリアにもこだわりを感じた。
ほかの大会でも、食事を取れる出店はあるが、焼きそばや温かいうどんなど、どこでも食べられるものが多い。
一方で本大会は「復興マルシェ」と名付けられ、宮城/岩手/福島各県、各自治体の料理や特産品が数多く販売されており、筆者もゴール後に名取市の名物「せり鍋」を堪能した。

そして完走メダルに使われている「雄勝石」は、石巻市雄勝町で産出されるもので、震災当時のボランティアと地元住民が拾い集め、メダルのストラップは、被災地をつなげようと、同じく地震で大きな被害を受けた熊本県の会社に製作を依頼したのだという。
ほかにも、前泊して地元の方と交流できるイベント民泊を亘理町が主催したりと、始まる前から終わりまで、地元や大会側の復興にかける思いや感謝がヒシヒシと伝わってくる大会だった。

「また来てほしい」

前回の第1回大会は多くの苦情が寄せられたといい、特に各駅と会場を結ぶシャトルバスに乗車するのにかなり待たされたという。
しかし、今回は「そんなことがあったのか?」と思うほどスムーズだったので、課題解決に相当努力したのだろう。
さらに大会側は17日、今回改善したポイントと寄せられた要望をまとめたうえで早速フェイスブックで発信していた。
「また来てほしい」「より多くの人に被災地を知ってほしい」という思いが感じられ、また訪れたい気持ちがわいてくる。

ランナーにとって出場し続けることで、復興を肌で感じられるこの大会。
いつか大会名から「復興」が外れることを信じて応援し続けたい。

(執筆:羽賀 野歩)