日本はどうする!「INF条約から米脱退」事実ならミサイル軍拡か

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  •  日本の安全保障にプラスだったINF条約
  • 「アジアの犠牲において欧州の問題が解決されてはならない」(1987年)
  • 中国の軍事力牽制が、米トランプ政権の狙いか

1987年のINF条約が、いまにもたらしていること

米ニューヨークタイムズ紙は19日、「米国は、ロシアにINF(中距離核)条約からの脱退を通告する」という記事を掲載した。
特定の射程のみが対象とはいえ、「制限」でも「削減」でもなく、「全廃」した米露二国間条約から米国が脱退する、というのである。
日本の安全保障への影響は、どうなるのだろうか。

SS-20

まず、そもそも、INF条約とは何だろうか。
1976年、旧ソビエト連邦は、米ソ戦略核制限条約(SALT II)で、三段式SS-16大陸間弾道ミサイルと共通コンポーネントを使った二段式の中距離弾道ミサイルSS-20を就役させた。

最大射程は約5000kmとされ、5500km以上とされる大陸間弾道ミサイルの範疇には入らない。
従って、戦略核兵器には当たらず、当時の戦略核制限条約の範疇外であり、同条約で生産や配備に制限を掛けることができない兵器だった。
米本土には届かないが、米の同盟国・NATO諸国や日本には優に届く。

パーシングII準中距離弾道ミサイルとSS-20中距離弾道ミサイル(スミソニアン博物館にて撮影:小泉悠氏)

これは、米国が同盟国に約束してきた拡大抑止“核の傘”の信頼性を損なうものだった。
そこで、NATOは1979年、米本土ではなく、NATO欧州諸国に配備すれば、ソ連に届くパーシングII準中距離弾道ミサイルとトマホーク巡航ミサイルの地上発射型グリフォン巡航ミサイル・システムの開発と配備、そして、ソ連と交渉を行うという「二重決定」を1979年に行った。

INF条約成立直前、中曽根首相が主張したこと

だが、米ソ交渉が正式に始まったのは1981年。
その後も、交渉の対象となる兵器、地理的範囲をどうするかなど難問があり、交渉は中断を挟み、なかなか成果を見いだせなかった。
特に、交渉の地理的範囲がいわゆる欧州に限定されては、日本はソ連の中距離核の射程内に残ってしまう。

当時の中曽根康弘首相(右)当時のレーガン大統領(左)

そうした中、1987年6月、ベネチア・サミットに出席した中曽根康弘首相(当時)は、ロン=ヤス関係と言われたレーガン大統領(当時)との良好な関係を背景に、下記のような考えを表明した。

中曽根首相(1987年7月6日 衆議院・本会議):
全世界的規模でゼロにしなければならない。
アジアとヨーロッパにおいて不平等があってはならない。
アジアの犠牲においてヨーロッパの問題が解決されてはならない。
…終始それを私は強く主張してきた。

ソ連側がどうしてもシベリアに百置くということを主張した由であります。
それに対して、アメリカはアラスカを含むアメリカ本土に百置く権利を留保する。
アメリカは本土に百という権利を留保すると言っているわけでありますから、ゼロにするためにそういう交渉上の道具をアメリカが持つということを私は容認してしかるべきである。

米ソがINF条約に署名したのが、1987年11月8日。
結果は、中曽根首相の主張通り欧州に限定せず、米ソ(後にロシア)は、射程500kmから5500kmの地上発射弾道ミサイルと巡航ミサイルを全廃することで合意。
これによって、ソ連が「シベリアに百置く」こともなく、日本も安全保障上の利益を得た形となったとみることもできるだろう。

米露が持てないカテゴリーのミサイルを中国が保有

だが、その後の中国軍の拡大が、情勢を大きく変えてしまう。
中国は、INF条約の当事者ではない。そして、国連安全保障理事会の常任理事国であり、いわば国際条約上、合法的核兵器保有国だ。

従って、INF条約当事者である米露が保有できない、射程500kmから5500kmの地上発射弾道ミサイル及び巡航ミサイルも開発・生産・配備が条約に拘束されずに行うことができるし、実際に行っている。

ただし、射程5500kmまでのミサイルは、北極海とカナダを挟む米本土には届かないが、国境を接しているロシアには届く。
ロシアにとっては、中国の射程500kmから5500kmのミサイルの存在は気掛かりだろう。

ロシアのINF条約違反

イスカンデルK

こうした状況を背景にしてか、ロシアが開発したと言われるのが、軍艦に搭載用の射程1500km~2500kmと言われるカリブル巡航ミサイルの地上発射型R-500とも言われる巡航ミサイルを、イスカンデルK短距離巡航ミサイル・発射システムに搭載したと言われる9M729(またはCSS-8)巡航ミサイル・システム

NATOのストルテンベルグ事務総長は10月4日、このミサイル・システムをINF条約違反と見ることが妥当であり、NATO側の深刻な懸念を表明した。

INF態勢が崩れたら、日本はどうなる

ニューヨークタイムズの上記記事では、ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)が近く、モスクワに赴きロシア側に、アメリカのINF脱退を通告する、という。興味深いのは、同記事で米国のINF脱退の動機として、太平洋における中国の軍事力強化への対応が触れられていること。

DF-26中距離弾道ミサイル

中国は南シナ海に人工島を構築し、軍事化を進めるだけでなく、射程4000kmとされるDF-26中距離弾道ミサイルの配備を開始している。
このミサイルは、グアムに届くだけでなく、洋上を動く軍艦も標的に出来るという。

米国がINF条約から脱退して、中国の南シナ海軍事化や、DF-26ミサイルに対抗するために、射程500kmから5500kmの地上発射ミサイルの開発や生産・配備に乗り出すなら、ロシアの9M729システムも黙認せざるを得なくなるのではないか。

ならば、そのことは日本にとって、北朝鮮のミサイル以外の新たな脅威につながったりはしないだろうか。
また、米国がINF脱退に伴って、新たなミサイルを開発するなら、それはどこに配備されるのだろうか。

日本は、年末の防衛計画大綱の策定に向かって作業することになっているが、太平洋・極東の新たな情勢の変化も見据えたものに出来るのかどうか、興味深いところではある。


【動画】「能勢伸之の週刊安全保障」(10月20日配信)

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