サウジの不明ジャーナリストはイスラム原理主義団体の構成員だった

「報道の自由」にとどまらない奥深い問題も押さえる必要

カテゴリ:国内

  • 国際紛争に発展している行方不明問題の真相は・・・?
  • カショギさんは、1970年代に「ムスリム同胞団」に加入
  • 「アラブ世界に今、民主主義を」という政党も立ち上げ

カショギさんが恐れられる理由

トルコにあるイスタンブール総領事館に入るカショーギさん

サウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギさんがトルコのサウジ領事館に入ったまま消息を絶ち国際的な紛争にまで発展している。
カショギさんがサウジの王室を批判したので「消された」と言われるが、サウジ王室はなぜそこまでカショギさんを恐れたのだろうか。

ジャマル・カショギさん

中東を知る人ならばカショギと聞けばサウジの武器商人で世界有数の金持ちと言われたアドナン・カショギを連想するが、ジャマルさんはその甥に当たる人物だ。

裕福な環境で育ち、米国に留学後ジャーナリズムを目指して新聞社などを所有するが、その間に一つ思想的に大きな選択をしていた。

「ムスリム同胞団」に加入

アルカイダのオサマ・ビンラディン

1970年代に「ムスリム同胞団」に加入したことだ。
「ムスリム同胞団」はエジプトで興ったイスラム教原理主義の団体で、ある時は過激なテロ活動を行いアルカイダのオサマ・ビンラディンもその影響を受けたと言われ、後継者のアイマン・ザワヒリも同胞団の出身だ。その縁で、カショギさんも数回にわたってビンラディンと会ったことがあると伝えられる。

ムスリム同胞団の影響を受けたカショギさんの考え方はその記事に反映されており、ワシントン・ポスト紙への投稿記事では同胞団の考えに沿った勢力がアラブ世界を支配することを奨励したり、西欧的な世俗主義を「敵」と弾劾するものが目についた。

その考えに従えば、サウジアラビアのあるべき姿はイスラム教の教えを具現化したものでなければならなかったはずで、サウジアラビアが最近女性の自動車運転を解禁したことに象徴される社会改革を進めたり、外交的にもイランを牽制するためにイスラエルに急接近するのは許せなかっただろう。

その反発は改革の推進者のムハンマド皇太子に向けられたと考えるのが妥当だろう。一方ムハンマド皇太子もそれに気づいてカショギさんの周辺のムスリム同胞団シンパを拘束して警戒していたと言われる。

「アラブ世界にいま民主主義を」

サウジアラビアのサルマン国王とムハンマド皇太子

またカショギさんは今年初め米国で「アラブ世界にいま民主主義を」という政党を立ち上げた。この政党はアラブ世界に選挙を通じてイスラム教原理主義の勢力を広げようというもので、これがサウジアラビア国内の反皇太子派と結びつけば現政権を転覆させる勢いをつけることにもなりかねず、ムハンマド皇太子としては放置しておくわけにはゆかなかったとも考えられる。

つまり、カショギさんはジャーナリストというよりは、イスラム過激派の影響を受けた活動家で政権転覆の陰謀に関わっていたとサウジ王室側は考えた可能性がある。

だからと言って、カショギさんを暗殺しバラバラに切り刻んでも良いというわけではないが、この事件の陰には単に「報道の自由」にとどまらない奥深い問題もあるということは押さえておいた方が良いだろう。

(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

(イラスト:さいとうひさし)

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