「私がポスト安倍」枝野幸男の課題は~立憲民主20日間の結党劇から1年

カテゴリ:国内

  • 枝野氏が「私がポスト安倍」と明言した意味
  • 支持層の拡大を狙い「党大会」を“フェス”に!
  • 支持率低下、党内はトップダウン?政権取りへの重い課題

「私が『ポスト安倍』だ!」

9月30日、政府与党が内閣改造に向けてうごめく裏で行われた立憲民主党初の党大会。この席で枝野幸男代表は、次のように声を張り上げた。

 「野党第一党として政権の選択肢となり、遠からず政権を担う。私の責任は政権を得ることではなく、長期政権を作ることだ。野党第一党の党首である私が『ポスト安倍』だ!

討論などでの強い姿勢が印象的な枝野氏だが、政敵への批判は鋭いものの、決して自らを大きく見せるような言動を公の場でするような性格ではない。その枝野氏が、「私がポスト安倍だ」と高らかに宣言したことは、いささかの驚きと、聴衆の大きな拍手をもって受け止められた。それだけ期する思いがあったのだろう。

立憲民主党大会 9月30日
立憲民主党大会 9月30日

2017年10月3日の結党から1年。枝野氏が1人で立ち上げた立憲民主党は今、衆参の国会議員74人の政党となった。1年前は誰もこれだけの議席数になるとは思わなかった。立ち上げた枝野氏自身さえもだ。

それでも民主党時代からすると圧倒的に少ない74人という史上最小の野党第一党の党首となった枝野氏は、去年の衆院選で熱い支持を送った人たちからの政権交代への期待を背負い、苦悩しながらも、走り続けている。

結党2年目に入り、活動方針を「最小の野党第一党から最強の野党へ」と掲げた立憲民主党の歩みと課題を紐解きたい。

立憲民主に向けられる「政権への本気度」を疑う視線

枝野氏は1年前、希望の党との合流構想と排除をめぐって民進党を離党し、立憲民主党を1人で立ち上げると、わずか20日間で野党第一党の党首となった。

立憲民主党結党を発表する枝野氏 2017年10月

そして枝野氏はこの1年、希望の党と民進党の合流失敗を教訓に、永田町目線での離合集散にくみしないとの姿勢を貫き、国民民主党や無所属の会などとの合流含みの動きとは距離を置いてきた。一方、政権に対しては、対案路線以上に、追及・対決姿勢を重視してきた。

そのため今、一刻も早く大きな野党を作るべきだという立場や、対案路線を重視すべきだという立場の野党勢力の間では、「立憲民主党は政権をとる気がない」という批判がよく飛び交っている。

「枝野代表」初訪米で外交能力をアピール

そうした中、枝野氏はこの夏、結党後初めてアメリカを訪れた。そこには、民主党政権時代の反省を活かし、政権をとる前から日米同盟重視の姿勢を鮮明にし、政権担当能力をアピールする狙いがある。

今回、ワシントンでは、おととしの大統領選挙の民主党の候補者選びで、若者から大きな支持を集めたバーニー・サンダース上院議員らと意見交換した。

実は枝野氏は英語が得意ではない。それもあってか当初、訪米に前向きな雰囲気は感じられなかった。今回の訪米でも、公式に英語を使ったのは、「Nice to meet you」と数回話したのみだという。

バーニー・サンダース上院議員と会談する枝野代表 9月13日 米ワシントン(写真提供:立憲民主党)

しかし、訪米から帰国直後、枝野氏は開口一番「もっと早く行っておけばよかったな」と疲労も浮かべず語った。訪米に一定の手ごたえを感じ、野党第一党として政権交代を見据えた一歩を歩んでいること実感しているように映った。

もっとも、アメリカで枝野氏が会談した相手は、サンダース氏はじめ野党系の人脈が多く、仮に政権の座に就けばトランプ政権と向き合う可能性があるにもかかわらず、トランプ政権関係者との会談がなかったことには、冷ややかな視線があったことも事実だが。

枝野氏が語る政権奪取への課題

そして私は、帰国した空港から地元へ向かう車内の枝野氏に対し、政権交代へ向けた課題を聞いたが、枝野氏は次のように答えた。

「予定表を作ってそれで政権がとれるならこんな楽なことはなくて、いろんな政治状況の変化の中にどうぴちっと対応できるか、その時に評価していただけるような『ぶれない軸』をちゃんと持っているかということが政権交代へのベース。そのぶれないベース、軸というのはこの1年間、それなりにしっかり作りつつあると思っているので、焦らず急いでやるべきことをやっていく。そうするとおのずと政権は近づいてくると思っている

「焦らず急いで」この微妙なニュアンスの歩みをどう進めていくのか。そのための枝野氏の取り組みが「パートナー制度」であり、結党1周年に合わせた党大会の「フェス化」だった。

立憲民主党大会 9月30日

心境は「不協和音」から「シンクロニシティ」で初の「フェス」開催

大のカラオケ好きとして知られる枝野氏だが、1年前、民進・希望合流騒動で党内が混乱している中、枝野氏が新党結成に向け離党を決意したと感じた瞬間があった。

「一人カラオケに行きたい、『不協和音(by欅坂46)』でも歌おうかな」と周辺に漏らしたのだ。「一度妥協したら死んだも同然」という歌詞に共感したという。

しばしば大好きなアイドルグループの歌に自らの心境をなぞらえて熱唱する枝野氏。そこで今、枝野氏に心境を聞いてみると、やはりある歌が登場した。

「やっぱり『シンクロニシティ(by乃木坂46)』。国民のみなさん、有権者の皆さん、特にパートナーズの皆さんと、我々はシンクロニシティ(共時性・同時性)していかないといけない。それが、この一年間でスタートラインには立てたんじゃないかと思うので、パートナーズの皆さんからの声に全部直接レスポンスするというのは難しいが、ちゃんとシンクロしているんだというようなことを我々は意識してやっていかないといけないし、やりつつあるんじゃないかなと思っている」

枝野氏が結党直後から福山幹事長と二人三脚で進めてきた「立憲パートナーズ」制度。新たな政党支持組織の在り方として始まったこの制度は、年会費500円で党の政策に意見を反映できるというもので、「参加意識」「双方向性」がポイントの新たな取り組みだ。

そして9月30日には結党後初の党大会が催され、その会は「立憲フェス」と銘打たれた。

アメリカの政党の党大会を参考に、お笑いライブや飲食コーナーなどを取り入れて、これまでの政治集会とは異なる、流行の「フェス形式」として行ったのだ。

この「フェス」にはパートナーズら約1500人(主催者発表)が参加して、国会議員との交流を図る対話型のワークショップなどが行われた。会場からは枝野コールが鳴りやまず、自民党の党大会などとはかなり違った光景が広がった。

この光景を目の当たりにした上で私が立憲民主党を取材した1年を振り返ると、1人で立ち上げた政党がこの規模に膨れ上がったことは驚きだった。政権奪取をみすえ、目標とする草の根の民主主義の「芽は出た」といえる段階に来たのかもしれない。

立憲民主党大会 9月30日

支持率下落&党運営批判も…政権への重い課題は足下に

一方で、立憲民主党の政党支持率はこのところ下落が続いている。

FNNの世論調査では、今年2月に15.6%あった政党支持率が9月には9%まで下落した。立憲民主党は保守層や若者層への支持の広がりに苦慮している。

また、党内では党運営に関し「風通しがよくない。ボトムアップを掲げる政党なのに、チャーターメンバーですべて決めるトップダウンだ。外だけじゃなく、中とも向き合うべきだ。」との不満の声もある。枝野代表や福山幹事長ら一部の幹部だけで党運営が主導されているというのだ。

実際、草の根からの民主主義を体現するための「立憲フェス」でも、1500人が参加したものの、一部の国会議員が熱心に取り組んでいるだけで、党大会であるにも関わらず所属議員全員が『参加した』という雰囲気は感じられなかった。執行部に不満を持つ議員は少し冷めた視線を送っていた。

また、結党1年を機に、党は代表選挙規則を作る検討委員会を設置した。枝野氏が1人で立ち上げた政党のため、これまで代表選挙に関する規則が存在していないのだ。

それ自体も問題だが、同時に党幹部は「(委員会設置は)党内から出た声を反映したが、枝野の代わりはいるのか?」と党所属議員の層の薄さを不安視している。立憲民主党の中に『ポスト枝野』に名前が挙がる議員はいないという指摘は的を射ているし、仮に政権をとっても、現時点で直ちに閣僚の重責を担える人材が不足しているのも確かだ。

ボトムアップの草の根民主主義を掲げる立憲民主党。政権を本気で取る覚悟であれば、同じくらいの大きな覚悟で足元の人材育成と、幅広い支持の拡大に取り組まないといけない状況なのは間違いない。

一強多弱の状況を加速させた野党の混乱からこぼれ落ちた、立憲民主党という一粒の種。安倍政権に不満を持つ層に根を張り、芽を出して大きく育ち、そして今伸び悩む中で、さらに成長し大輪の花を咲かせる日は来るのだろうか。いや、自らその日を手繰り寄せることはできるのだろうか。枝野氏の厳しい戦いは続く。

(フジテレビ政治部 野党担当 大築紅葉)

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