「まずは机の下に潜る」…日本の防災教育は間違いだらけだった!?

カテゴリ:国内

  • 今の防災教育では、想定外の災害に対応できない
  • 身を守る方法をひとつしか教えてこなかった
  • 「地震で天井が落ちてきた場合」を考えてもらうためにやることとは?

西日本を中心とする「平成30年7月豪雨」では死者が220人以上に上り、また例年以上に多い台風は、25年ぶりに非常に強い勢力のまま台風21号が上陸するなど、今年は自然災害が各地に大きな被害をもたらしている。
そして災害が発生するたびに議論となるのが、「防災」対策がきちんと取られていたかということだ。

こうした中、防災について、特に「日本の防災教育は間違いだらけ」だと指摘するのは、NPO法人減災教育普及協会の江夏猛史理事長だ。江夏氏は、全国各地の幼稚園や保育園、企業などを回って減災教育を普及する活動をしている。

「減災」とは、災害や被害を防ぐことを目指す「防災」とは異なり、ある程度の被害の発生を想定した上で、その被害を減らすことに重きを置いた考え方。
なぜ、今必要な災害対策が減災なのか?そして日本の防災教育はどう間違っているのか?江夏氏に聞いた。

今の防災教育では、人は想定外の災害に対応できない

NPO法人減災教育普及協会・江夏猛史氏

ーー“防災”ではなく、“減災”の考え方を教えている。その理由は?

日本の防災は、災害発生後のマネジメントやケアは素晴らしいです。備蓄品を迅速に送ったり、精神的に疲弊した被災者へのケアをしたり…。また冠水した道路の復旧など、ハード面も含めて世界的にみても優れていると思います。

ただ、現在の日本における防災は絶望的に欠けている部分があると考えます。
災害による被害が広がり、不幸にも人が亡くなってしまった後の防災に関しては素晴らしいのですが、「人を死なせない」ための教育ができていないからです。

私たちは被災後よりも災害発生前における「人が亡くならないための教育」が重要だと考えていることから、しっかりとした防災教育ができていない日本の防災を「間違いだらけ」だと言うのです。


ーー具体的にはどこが間違っている?

これまでの防災教育の中ではまず、「日本における工学的な防災対策に欠陥はない」という前提で教え込まれてきました。国や自治体が予測や計算をして作った堤防が決壊する訳が無い、防潮堤を超えるような津波がくる訳が無いと信じていたのです。しかしどんなに綿密な予測をしても、それをも超える大きな災害は発生します。

また、万が一災害が発生したとしても、自治体が警報などを発令し、消防などが必ず救助してくれると国民は思っています。このような他人任せの至れり尽くせりの防災が日本には浸透していることから、自分で考えて行動しなくても大丈夫だという意識が根付いたのだと思います。

身を守る方法を「ひとつしか教えてこなかったこと」が問題

ーーそしてこの「日本は安全だ」という意識が、防災教育にも浸透していると?

例えば小学校の避難訓練の際、地震発生直後にまずどのような行動を取るべきだと教わるでしょうか? ほとんどの方が「机の下に潜って揺れが収まるまで待つ」と、習ったかと思います。

(画像:NPO法人減災教育普及協会)

しかし、私はこの教え方がダメだと考えています。なぜ机の下に潜るかというと、揺れによって落ちてくる照明や、倒れる棚から身を守ることです。この程度だったら、机が守ってくれるでしょう。

それが建物が崩れ落ちるほどの揺れだったら…自分がいる建物が無事でも隣のビルが崩れ落ちてきたら…。たぶん机では意味がありません。この場合に重要なのは、いち早く建物から逃げることのはずです。災害時にはいろんな危険があるのにもかかわらず、それから身を守る方法をひとつしか教えてこなかったことが問題なのです。

例えば、1995年に発生した阪神淡路大震災では、机やテーブルの下から多くの遺体が発見されました。その事実があるのに、地震が起きたらすぐに机の下に隠れるという教育は正解でしょうか?

日本の悪いところでも良いところでもあるのが、何も考えなくても反射的に行えるレベルまで防災の技を磨いてしまったこと、想定外を想像できなくしてしまった教育が、最悪の事態を招くことにもなるのです。

(画像:NPO法人減災教育普及協会)

災害では、「想定外のことが起きること」を想像するべき

ーー「地震が起きたら机の下に!」「すぐに校庭へ避難」。このようにマニュアル化された防災教育に問題があるということか?

マニュアルというものは過去の経験から今後起きる災害を想定して作られたものです。その想定内の災害でしたら有効でしょうが、想定外の規模で発生してしまうとどうしたらいいか分からず被害が拡大してしまいます。そのためにも「災害では想定外のことが起きることを想像しておく」ことが重要なのです。

ーー想定外を想像する。

はい、言い換えれば「これまでの常識を疑う」ということです。常識では命を守れません。過去に被災者が出ているのは、これまでの常識では考えられない規模の“想定外の災害”が起きているからです。常識というのは想定の中から生まれているので、常識を疑わないと想定外を考えられないということなのです。

ーーしかし、「想定外を想像する」というのは難しいのでは?

人間は自身の経験という引き出しの中から物事を見るので、「今までにないこと」と言われてもよく分かりません。「これまでに誰も経験したことのない大雨」といっても、想像できないですよね。そこで私が減災教育の普及活動をする際には、実際にいろいろな体験をしてもらいます。

「地震で天井が落ちてきた場合、その場で屈むだけで命は守れるのか?」ということを考えてもらうために、減災セミナーの参加者には、天井に使われる石膏ボードを持ってもらいます。重さが1枚14キロあるのですが、するとびっくりしたような表情をして「こんなのが落ちてくるのなら、その場で頭も守るように屈んでもダメだ。すぐに逃げたほうがいい」などと考えてくれます。14キロの天井板が落ちてくるという想像ができていなかったのです。

まずは、いろいろな経験をさせることで、その人の中の想定外を減らします。そして、それでも想定外の災害は起きることから、その状況に陥った場合はどう危険を察知して行動するべきかを考えさせて経験を積んでもらっています。

天井板に使われる石膏ボード

ーーこのような経験を積んだ先生たちが、子どもたちに減災を教えるということですね

子どもも、マニュアル化した行動をするようにと教えず、自ら危険を察知することが重要だと指導すれば、いろいろ考えて危険から回避する行動をします。特に既成概念がまだない子どもたちの吸収は早いです。

私たちが今まで習ってきたのは想像をやめてしまう教育でした。これが被害を拡大させてきたのです。災害への対応は何よりも想像することが大切なのです。まずは「常識を疑う」意識を常に持ってください。

そして災害時において、「想定外を想像する」ことが常識となるよう、これからも減災教育を広めていきます。

今年の異常な猛暑もそうであるように、日本の気候自体がかつての常識が通用しなくなってきていることは確かだ。
自然災害の被害を最小限に防ぐための教育も見直す時期にきているのかもしれない。

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