その手があったか!街の“記録”が“記憶”に変わるプロジェクト!【岡山発】

カテゴリ:地域

  • 昔の街の映像が映った8ミリフィルムを無料DVD化⇒上映会を通して地域で活用
  • 地元の高齢者の「思い出」は若い人にとっては「発見」の連続 
  •  「思い出」と「発見」が交差して生まれる“繋がり”に未来が!

新たな発見求めて…

JR岡山駅近くにある西奉還町商店街。昔懐かしい雰囲気が漂うこの町の一角にある交流施設,
奉還町4丁目 ラウンジ・カド。ここで、家庭に眠る貴重な8ミリフィルムの映像を掘り起こし、地域で共有できる仕組みをつくろうというプロジェクトが始まった。
このプロジェクトを率いるのはラウンジ・カドの店長 成田海波さん(27)。
プロジェクトを始めたきっかけをこう話す。

岡山に移住してきてお店をやることになり岡山の面白い地域の歴史の話などを聞いているうちに自分からもう少し深掘りできないか?と思ったのが始まりです。

市民の有志が今年6月から呼びかけ、これまでに約40本のフィルムが集まった。

昭和47年山陽新幹線が岡山まで開通した直後の岡山駅の様子を記録したフィルム。
当時は、岡山が終点だったため行先を示す表示板の左側が空欄になっている。
ほかにも昭和54年のお正月の岡山中心部の映像には、今は閉鎖された遊園地の京山タワーや半世紀にわたり池田動物園の顔として親しまれ二年半前に天国に旅立ったインド象のメリーの元気な姿も映っている。

昭和30年代くらいから初めて家庭用の映像メディアとして流通した8ミリフィルム。
成田さんは、当時の風景や暮らしぶりから新たな発見ができるのではと模索している。

フィルムにはその人その人の人生がたくさん詰まっている。フィルムを見返していると人生が“語り”となって出てくる。その、話してくれる内容が、私たちにとってはとても新鮮だしフィルムの提供者にとっては昔を思い出して語りだす、そのミックスのされ具合が面白いんです。

このプロジェクトでは、8ミリフィルム提供の申し出があると以下のような流れとなる。
①当時の様子の聞き取りを行う
②上映会を開催
③映像をDVDなどにデジタル化
④依頼主に返却。
依頼主の費用負担はなくフィルムを保存して上映イベントなどを通じて地域での活用を目指している。

つながる世代

この日、成田さんと、昭和47年当時の岡山駅の8ミリフィルムを提供した髙本勝久さん(70)は、聞き取り調査の一環で、当時の撮影場所を巡ります。

髙本
「当時の駅前には、小荷物を持った人や、ニワトリが行き来していた…」
成田
「ニワトリ?」
髙本
「そうそう、当時はニワトリも列車で運んでいた…」

山陽新幹線が岡山まで開通した当時、髙本さんは岡山駅の警備を担当。8ミリフィルムには若かりし頃の髙本さんの姿も映っている。

髙本さんは当時を振り返りこう話す。
「当時は、混み合い駆け出す人がたくさんいた。だからホームでは、いつも
『運動会ではありません!1等になっても賞品は出ませんのでゆっくり行ってください。』
というアナウンスが流れていたのを今でも忘れない」

撮影当時の様子の聞き取りは、地域に住む人々の歴史の隙間を埋める重要な作業。
一人一人の思い出に残る街の様子が集まると地域の“価値”を高めるのではと、成田さんは考える。

そこに住む住民が、自ら何かを集め、活用するという流れは、東日本大震災以降、重要性が高まってきている。映像をきっかけに街のことをいろいろと調べられるようになるといいと思う。

家庭に眠る貴重な映像を手掛かりに街の「記録」と「記憶」を探る参加型プロジェクトは、これから数年かけて取り組み、成熟していく。