さくらももこさんが乳がんで死去 漫画だけではない知られざる才能

  • 「ちびまる子ちゃん」の原作者・さくらももこさんが53歳で死去
  • 漫画だけではなくエッセイスト、作詞家などマルチな分野で活躍
  • 2016年には岐阜県郡上八幡のご当地キャラクターを生み出している

誰からも愛された国民的人気アニメ「ちびまる子ちゃん」。

その作者である、さくらももこさんが8月15日に乳がんで亡くなったと、所属事務所が発表した。53歳だった。

さくらさんは漫画だけでなく、エッセイスト、作詞家などマルチな分野で才能を発揮。さくらさんの知られざる才能に迫る。

アニメには大物芸能人も登場

1965年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で生まれたさくらさん。

1984年に漫画家デビューし、1986年には少女コミック雑誌『りぼん』で「ちびまる子ちゃん」の連載をスタート。

1990年にはテレビアニメの放送が開始。

ストーリーのモチーフとなったのは、さくらさんが小学校時代を過ごした故郷・清水での体験。

身近な家族や友達とのユーモアあふれるやりとりが印象的な「ちびまる子ちゃん」のもう一つの魅力が、たびたび登場した大物芸能人たち。

ビートたけしさんはまだブレイク前という設定で、まる子のクラスメートでお笑い好きの野口さんからサインを求められていた。

放送開始25周年の2015年にはさくらさん本人も登場している。

2017年のスペシャル番組では、人気バンド「ゴールデンボンバー」のメンバーがまる子の家を訪れた。

また、2017年10月まで桑田佳祐さんがエンディングテーマを担当し、まる子の姉がファンという設定の西城秀樹さんが今年5月に亡くなった時は、西城さんのイラストとともに追悼コメントを放送している。

「頼まれてもいないのに」ご当地キャラ作り

一方でさくらさんの才能は漫画以外でも発揮されていた。

放送開始当初のエンディングテーマ「おどるポンポコリン」では作詞も担当。164万枚を売り上げ、この年の日本レコード大賞に輝いた。

1991年には初のエッセイ本「もものかんづめ」を出版。文庫版も合わせて累計250万部を売り上げる大ヒットとなった。

同じ年にはラジオのパーソナリティーにも挑戦。

そして、静岡県・清水の印象が強かったさくらさんだが、2016年にあるご当地のキャラクターを生み出している。

美しい清流が流れる城下町・岐阜県の郡上八幡でその地名をモチーフにしたヒーロー「GJ8マン(ジー・ジェイ・エイトマン)」。

さくらさんによると、誕生には「郡上八幡を愛し頼まれてもいないのに勝手にキャラまで考えてみた」といったエピソードがあるという。

国民的人気の漫画からご当地キャラ作りまで幅広く活躍してきたさくらさん。

所属事務所が発表したコメントによるとデビュー30周年を迎えた2016年にこんな言葉を残していた。

「30年間、良い事も大変な事もいっぱいありましたが、私は作家としてとても幸せな月日を送らせていただいています。感謝にたえません。」

アニメ「ちびまる子ちゃん」は今後も放送を継続。

さくらさんの葬儀・告別式はすでに執り行われ、お別れの会などの予定は未定だという。

(「めざましテレビ」8月28日放送分より)

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