一歩も引かないエルドアン大統領 リラ暴落が世界通貨危機を招く理由

カテゴリ:話題

  • 一歩も譲歩しないエルドアンとトランプ大統領の対立が激化
  • 「金利を禁じる」イスラムの教え
  • 安全保障と難民問題にも発展するリスク

10年間でGDP3倍の経済成長

2002年の総選挙でエルドアンが率いる公正発展党(AKP)が大勝し、政権をとってからのトルコ経済は急速に経済成長し発展した。エルドアンは大規模な公共事業をトルコ全土で行い、10年間で一人あたりのGDPが約3000ドルから10000ドルを越えるまでになった。

経済成長のおかげで経済的に恵まれなかった層が恩恵を受けるようになり、アナトリアの内陸の住民がエルドアンや公正発展党の強力な支持者となっている。経済成長がトルコ国民の消費を盛んにしているが、個人貯蓄には回っていない。国内貯蓄が十分でないことから、経常赤字は巨額になり、主に欧州諸国からの資金に依存している。

リラ暴落で日本人にも大打撃

トルコの通貨リラの暴落が続いている。リラの下落は5年ぐらい前から始まっている。
13年5月下旬、バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長が量的緩和の縮小(テーパリング)を発言してからであった。バーナンキ議長の発言がトルコ、ブラジルなど新興国への投資資金の引き上げを連想させ、新興国の通貨が売られた。とくに経常赤字が大きいトルコの通貨の下落が目立った。2013年から14年までに、トルコ中央銀行は、金利を4.5%から10%まで引き上げ、高金利水準となった。

日本でもこの高金利に引き付けられ、トルコ・リラが組み込まれている投資信託やトルコ債を購入する人が増加した。このような高金利は、AKP以前の政権時代にもあってインフレ率も高かった。当時はトルコ・リラに対する信用も低かったため投資する人もいなかった。いまも同じことが起きつつある。

AKPの好景気に踊らされ、良いことのみが宣伝されてきたため、トルコのファンダメンタルズの脆弱性に関する情報は提供されてこなかった。このため日本でも一般個人投資家がトルコの債権や株式を組み入れた投資信託を購入した。トルコ・リラの急落から、前年比で投資信託の下落率が5割を超えたものある。トルコ関連投信全体で資産額の約2000億円も目減りした。地理的に遠いトルコではあるが、リラ安が日本の個人投資に打撃を与えている。

「金利を禁じる」イスラムの教え

エルドアン大統領は、トルコ・リラ下落がトルコ経済にとり深刻な事態になっていることを認識していても、金利の利上げに否定的な発言をしている。6月に大統領選挙と議会の総選挙が行われた。次の選挙まで時間があるため、いざとなれば金利引き上げの可能性も残されている。

イスラムの教えと価値観を大切にしているエルドアンが金利に対して否定的な発言をするのは、イスラムの教えで金利を禁じていることが念頭にあるからであろう。しかし、彼にイスラムの教えへの固執があるならば、マーケットとの調整はなく、経済的な混乱を引き延ばしてしまう。

トランプとエルドアンの対立激化

トランプ大統領とエルドアン大統領の対立が激化している。
トランプ大統領は、拘束されているトルコ在住米国人牧師の釈放を求めている。昨年5月、エルドアンが米国を訪問した際には、会談でトランプ大統領の方から3回も釈放を求めた。その要求に対して、エルドアン大統領は、この牧師が2016年のクーデター未遂事件に関与しているとして、断固、釈放を拒否している。米国人牧師は、クーデター未遂事件に関わっているとして約2年間拘束され収監されている。

エルドアンは2016年のクーデター未遂事件の背後に、米国に事実上亡命している宗教指導者ギュレン師がいるとして、米国政府に対してギュレン師のトルコへの送還を何度も求めてきたが、すべて拒絶されてきた。エルドアンはクーデター未遂事件の関与に疑われる軍人、公務員の逮捕やパージ(追放)を行ってきた。
ギュレン師のトルコ送還はエルドアンにとって譲ることのできない問題でもある。

米軍の中東戦略も見直しか

他方、トランプ大統領も米国人牧師釈放に関して、トルコに一歩も譲歩する気はなく、トルコ製の鉄鋼などに高率な関税を課して制裁を実施している。トランプは他の国のようにエルドアンと取引ができると思っている。しかし、エルドアンは彼の政治姿勢から一歩も譲歩することはない。トルコでは農民、中小企業家、職人、労働者など一般庶民にエルドアン支持者が多いが、反米感情のある人々でもある。トランプの強硬姿勢がトルコの反米感情を高めている。

米国が中東で軍事的な作戦を展開する上で、トルコの地中海沿岸にあるインジルリック空軍基地は、米軍にとって重要な空軍基地である。米トルコ関係の悪化が続き、米空軍の使用が中止となれば、米軍の中東戦略の見直しが迫られるかもしれない。米軍はトルコの空軍基地以外にイラク、シリアを監視できる基地を持っていない。湾岸のバーレーンのから基地からは遠すぎる。米国の安全保障上にも影響を与えかねない。 

NATO加盟国でありながらロシアに接近?

トルコが導入を決めたロシアの防衛システムS-400

米・トルコの対立激化は、経済的な面のみならず、安全保障やシリア問題などでも対立や問題を起こす可能性がある。トルコはNATOの有力なメンバー国で、NATO加盟国の最大の陸軍を保有する国である。トルコ軍の武器は米国製、ドイツ製を購入するか、トルコにおいてノックダウンで生産してきた。

いま、エルドアンはミサイル・システムをロシアから購入しようとしている。NATOの仮想敵国からの購入となれば、トルコはNATO加盟国でありながら、ロシアに軍事的に接近する立場をとるのであろう。トルコにはシリア難民が350万にいる。トランプがトルコに制裁圧力による締め付けを厳しくすれば、シリア難民を欧州に送り出すことをちらつかせるかもしれない。トルコはシリア難民も人質として利用する。トランプの圧力は、経済分野にとどまらず、地域の安全保障にも影響を与えかねない。

周辺地域の不安定要素が拡大

トルコ経済は、米国依存ではなく、欧州諸国との関係が歴史的にも強い。トランプによる制裁がトルコ・リラ安を継続させれば、その影響はトルコに貸し付けの大きいイタリアやドイツにも響いてくる。米・トルコ関係よりも経済的に欧州のほうが深刻な影響が起きやすい。トランプによる経済制裁は、トルコが一帯一路で覇権を握ろうとしている中国との関係を深めることにつながるかもしれない。

エルドアンは、民主主義を共通の価値観とする国よりも強権的な中国やロシアとの関係を深めることも図るであろう。トルコのリラ下落が続けば、トルコの反米感情は一層たかまり、エルドアン大統領は国民感情を味方に反米姿勢をエスカレートし、米国離れを加速するであろう。トルコおよび周辺諸国を巻き込んで地域の不安定要素は拡大する。

(執筆:現代イスラム研究センター理事 松長 昭)