「ものすごく辛い・・・」元高官が明かす新元号秘話 平成残り250日

カテゴリ:国内

  • 極秘に進む元号選び 全てを知る人物が証言
  • 焼肉店まで調査!新元号選びの知られざる苦労と秘話
  • 「平成」の次の元号はどう選ぶ?どう発表?

新元号選びの中心で関わった元政府高官の貴重証言

この8月24日をもって、来年4月30日に予定される天皇陛下の退位まで残り250日となった。
それはつまり「平成」という時代が、あと250日になったということだ。

そして来年5月1日から新たな元号のもと、日本の新たな時代が始まる。
そうした中、現在、政府内で水面下にて選定が進められている「新元号」が何になるかが注目されている。

そこで今回、「平成」という元号を決めた舞台裏を知り尽くす人物のインタビューをもとに、元号がどうやって決まるかを紐解き、新たな元号について展望したい。

「エラいものを担当したなと。物凄く辛い仕事でしたよ」

元号を決める作業についてこう振り返るのは「平成」という元号が決まった時の、政府の内政審議室長で、その後、第一次安倍内閣で内閣官房副長官も務めた、的場順三氏だ。

「あなたの仕事のひとつが元号」 困難な仕事の始まり

1985年(昭和60年)に、首相官邸で内政に関する事務全般を所掌する職務(内閣審議室長、内政審議室長)に就任した的場氏を待っていたのは、前任者からの引継ぎでの意外な一言だった。

「あなたの仕事の1つに元号というものがあるんですよ」

 昭和天皇がすでに高齢になられていたため、万が一の崩御に備えて、密かに新元号の案を用意しておくという仕事を引き継がれたのだ。
その時から、数々の困難を伴う的場氏の新元号選定作業が始まった。

元号って何? 何のためにあるの?

そもそも元号とは、古代中国を起源とした、年につける称号で、日本では645年の「大化」に始まり、現在の「平成」まで連綿と続いている。
明治からは天皇一代につき1つの元号とするようになり、1977年には「元号法」が制定され、法的に位置づけられた。

戦後の一時期などには元号不要論もたびたび起こってきたが、的場氏は、元号の意義について、西暦との併用を前提にこう語る。

「なんでキリスト教国でもないのにヨーロッパが使っているものを使うんですかと。
元号は区切りがあって、新しい時代からやっていこうという意味でいいことじゃないですか。私はあった方がいいと思います」

古典の大家に依頼するも…思わぬ落とし穴が

元号はこれまで、中国の「四書五経」などの書物を出典元として決められてきた。
そして的場氏が引き継いだ時点で、政府の依頼を受けた中国古典や東洋史などの専門家3人から案が提示されていたという。

しかし、そこに問題が起きた。
的場氏が担当となってから、そのうち2人が相次いで亡くなってしまったのだ。

いくら陛下の存命中に、あらかじめ次の元号案を検討しておくとはいえ、正式には陛下の崩御を受けてから政府が専門家に依頼し、正式に選定するという形がとられる。
それだけに、実際に元号の案が採用されるには、案を提示した専門家が、正式選定の時点で存命であることが条件となるのだ。

そこで的場氏は、新たに漢学や東洋史、国文学など4人の専門家に元号の考案を依頼した。
その際には、専門家に「体を大事にして長生きしてもらわないと困ります」と伝えたという。

「富士山」にお願いする難しさ&「焼肉店」まで調査

こうして新たな専門家に依頼した的場氏だったが、数々の点で難題に直面したという。
1つは、依頼する専門家たちが、それぞれ、その道の大家であるということだ。

「あの人なら文句のつけようのないという先生を選ぶ。
具体的な基準は学士院会員であったり、文化功労者であったり文化勲章をもらっていたりということです。
学者や専門家の世界は富士山なんですよ。
ひとりひとり独立した峰で、だから大変難しい先生方なんですよ」

そして専門家からようやく提示された元号案をめぐっても苦労は絶えない。
悩みの1つは専門家の案が必ずしも政府の条件に合わないことだ。
元号の選定にあたっては、政府の公式文書で、6つの条件が示されている。

1. 国民の理想としてふさわしいようなよい意味をもつ
2. 漢字2字
3. 書きやすい
4. 読みやすい
5. これまでに元号やおくり名として用いられていない
6. 俗用されていない

このうち、3と4がまずネックになったという。

「富士山みたいな先生に『平易なことが条件』といくら言っても、非常に難しい案が出てくる。
読みやすい、書きやすいっていうことを入れるのは先生方にも極めて失礼なことなんですね。それで非常に苦労した」

さらに、6の「俗用されていない」、つまり「一般的に使われたり、固有名詞などとして使用されていない」という条件にも苦労したという。

「日本、朝鮮半島、中国の村の名前まで調べましたよ。
さらに中華料理店とか焼肉店とか一般企業の名前にあるかないかも調べてみる。すると結構あるんですよ。
それで、『先生これは勘弁してください』っていうことになるとやっぱり不機嫌になられますよね」

特定秘密並み!? 絶対に許されない新元号の情報漏れ

そして、的場氏が一番気をつかったのが、情報漏れが許されないということだ。

新元号が事前に報道されれば、その案は採用できなくなる。
新天皇のおくり名にまでなる新元号が、1社のスクープになることで、忖度だなどとされたり、ケチがつけられるのを避けるためだ。

しかし、誰もが知りたい新元号だけに取材合戦も当然激しく、的場氏はマスコミにしゃべらないのは勿論、依頼する専門家に会いに行く時も極秘で出張し、念入りに口止めするなど、秘密保持を徹底していたという。

「平成」の名付け親となった山本達郎氏

「平成」「正化」「修文」が最終3案

そして的場氏が依頼した専門家の案の中から、新元号候補は3つに絞られた。
東洋史学者・山本達郎氏の「平成」、儒学者・宇野精一氏の「正化」、中国文学者・目加田誠氏の「修文」だ。

「平成」については、的場氏が、元号の考案を依頼していた山本氏に案を催促したところ「学士院の会議の後に密かに会おう」と言われ、その場で「平成」という案を示されたという。

「非常にいい案だなと、内外にも天地にも平和が戻る、平和が続くという案ですから。
『成』という字は初めて使ったんですけれど、いい案だな、催促するもんだなと思いました」

その場で山本氏は、「平成」の出典の1つをめぐって、他の学者から「学説として違う」という異論が出る懸念も示した上で「意味がよければそれでいいんだよ」と伝えたという。

こうして「平成」をはじめとした新元号の候補が出そろい、政府中枢で内々に共有されていく中、「その時」はやってきた。

続きの稿では、昭和天皇崩御前後の政府の動きと、新元号「平成」の発表会見の舞台裏、そして今回の新元号選定についての的場氏の思いを描く。

(執筆:フジテレビ政治部デスク 髙田圭太)

的場順三氏のインタビュー後編:
「『平成』の舞台裏から読み解く『新元号』のカギ ~『ものすごく辛い』元高官が明かす新元号秘話」はこちらから

皇室のバトンの他の記事