平成最後の「全国戦没者追悼式」 陛下のお言葉に込められた思い

カテゴリ:国内

  • 皇室にとって全国戦没者追悼式は最も大切な行事のひとつ
  • 受け継がれる「戦争の悲惨さを風化させない」「平和な世界を祈る」2つの思い
  • かわらないお言葉に込められた 陛下の思い

平成最後の全国戦没者追悼式、注目集めた陛下のお言葉

天皇皇后両陛下は8月15日の終戦の日「全国戦没者追悼式」に臨まれました。
今上陛下にとって最後、平成として最後となる全国戦没者追悼式。
陛下は、正午ちょうど1分間の黙とうに続き5000人を超える遺族の前で、お言葉を述べられた。

「本日、『戦没者を追悼し平和を祈念する日』に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦においてかけがいのないいのちを失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」

毎年出席しお言葉を述べられていますが、今年もまず亡くなられた方への哀悼と残された遺族の方へのお見舞いのお気持ちを述べられた。 

「終戦以来、既に七十三年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」

陛下は小学生6年生11歳の時、疎開先の奥日光で終戦を迎え焼け野原となった東京に戻られています。
その時見た風景は、今も陛下の記憶に鮮明に残っておられるといいます。

そこからの、目覚ましい復興には、戦争で悲惨な思いをした人たちがいることを忘れてはいらっしゃりません。 


今回 初めて使われた「お言葉」

「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」というお言葉は、今回初めて使われています。

明治・大正・昭和と日本が各国と戦争が行われた時代に対し、平成の時代では各国との紛争は起きていません。その中で、発展してきた日本、戦争がいかに悲惨なもので、平和が大切なものか、今一度、噛みしめておかなければ行けないという陛下の思いがお言葉になったのではないでしょうか。

全体を通すと、加わった文言はありましたが、大きく変わったものとは感じませんでした。
今回が在中に最後の全国戦没者追悼式となる陛下が、どのような思いがあるのか、お言葉にその思いが加わっているのか注目していましたが、「最後」が滲むようなものとは感じませんでした。

しかしそこに、陛下の思いが込められているのではないでしょうか。
陛下の父上、昭和天皇は、昭和63年、病魔に侵される中、静養先の栃木県那須からヘリコプターを使い帰京し、追悼式に出席しました。昭和天皇の外出を伴った最後のご公務でした。

確かに昭和天皇にとり、この式典には深い思いがあることは疑う余地はありませんが、そもそも皇室にとり「戦争の悲惨さを風化させない」「平和な世界を祈る」この2つはこれまでの天皇にも通じている重要なテーマなのです。

このテーマは明治天皇、大正天皇、昭和天皇へと受け継がれ、今上陛下へと繋がっているのです。

こうしたテーマは、もちろん来年即位される皇太子さまや秋篠宮さまへも伝わっています。
ですから、今後も続く全国戦没者追悼式に対し、個人的な思いを込められなかったと思います。
全国戦没者追悼式は皇室の最も大切な行事のひとつとして続き、皇室はこのテーマを持ち続ける。そんな思いから、陛下は、大きくお言葉を変えられなかったのではないでしょうか。

 

そんな中、遺族代表の鈴木喜美男さんの式典での「追悼の辞」の言葉は胸を打ちました。
鈴木さんはお父さんをマリアナ諸島テニアン島で亡くし、遺品となった戦地からの便りは東日本大震災により流失してしまったことなどを述べてています。そして、

「両陛下におかれましては、我々遺族に寄り添いいただき、これまでサイパン、パラオ、フィリピンなど多くの激戦地に出向き、戦没者の慰霊に尊崇の誠を捧げていただきました。

このことは、私たち遺族にとって、何事にも代え難い無上の慰めであり、衷心より御礼申し上げます」最後となった両陛下のご出席への感謝の言葉に聞こえました。

(執筆:フジテレビ 橋本寿史 解説委員)

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