沖縄が“熱狂”したあの日…ゆいレール開業15年 

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  • 今から15年前の8月10日,沖縄県民にとって“悲願”の「ゆいレール」が開通
  • かつて沖縄にも鉄道があったが戦争で破壊.アメリカ統治下では再整備されることはなかった…
  • レンタカーのイメージが強い沖縄!今後、ますます便利になる“ゆいレール”に注目!

県民“悲願”の8月10日

今月10日、沖縄都市モノレールが運行する「ゆいレール」が開業15周年を迎えた。
ゆいレールは、沖縄の玄関口、那覇空港から住宅地やオフィス街を抜け首里駅まで全長12.9キロを結ぶ袴座式のモノレール。

ゆいレール路線図 沖縄都市モノレールHPより

開業から15年、累計の乗客数が2億人を突破、県民の足として親しまれている。
旅行者にとって、沖縄の足と言えば「レンタカー」を思い浮かべる人も多いかもしれないが、近年では「渋滞がなく時間が読める」「駐車場を探す必要がなく便利「お酒が飲める」などの理由から旅行者の間でも認知度が徐々に上がってきている。

沖縄を訪れた観光客

かつて沖縄でも大正時代から太平洋戦争の末期まで、いくつかの鉄道が走っていた時代があった。しかし、激しい空襲や地上戦で鉄道施設は破壊されてしまった。アメリカ統治下、沖縄では道路整備が優先され鉄道が復活することはなかった。1972年の本土復帰から約30年の時を経た2003年8月10日、沖縄県民にとってゆいレールは、まさに“悲願”の開業だったのだ。

平成15年 開業当時の様子

“一番乗り”をした人はいま?

15年前、那覇空港駅の行列の先頭にいたのは当時44歳の森寄幸さん 
なんと、この日のために夏休みを取り一番乗り目指して沖縄に来ていた“熊本県民”だったのだ。

当時、森さんは8日前から駅に並び、開業まであと〇日と書かれたTシャツを着て連日メディアにも登場。

そんな森さんは、15年前の開業の日、一番乗りで改札をくぐるとガッツポーズ!周囲からは拍手喝さいを浴びていた

現在は大分県にいる森さんに連絡を取り、改めて当時の様子を聞いてみた…

よそ者の自分が一番に乗ってしまっていいのかな?って迷いはあったんですけど、乗り合わせた高校生くらいの男の子が『遠くから来てくれてありがとう!』と言ってくれたので安心しました」

念願の一番列車乗車後、森さんはインタビューでこう語っていた。

人と人とを結ぶ「ゆいレール」っていうのが僕の心の中にも開通したような気持ちで感激しています…

一番列車の運転手は?

那覇空港駅発の一番列車を運転する金城さん

森さんが乗車した記念すべき一番列車を運転していたのは金城エリナさん
現在は駅務員としてゆいレールに携わっている。金城さんは一番列車を運転したあの日のことをこう振り返る。

ホームにはすごい人がいて、警笛を鳴らしたら車内では万歳三唱してるし、進んでいくうちに、団地のベランダとかビルの窓から『ゆいレール開通おめでとう』とか手を振ってくれたり、眼下ではエイサーとか踊ってるのが見えて、最初は、緊張してたんですけど、だんだん凄いなぁ…と、心地良くなってきたのを覚えています。

数十年にわたり車社会が定着していた沖縄で、「ゆいレール」が定着するのか当初は不安視されていた。しかし、運行本数の改善や観光客の増加などにより利用客は順調に伸びていき、昨年度は1800万人以上が利用した。ゆいレールを見つめてきた金城さんはこう振り返る

目に見えて乗車人数が増えているのがわかる…あの頃は乗車目標が一日3万1千人とかだったんですけど、今では金曜日などは一日で5万人乗車いただくことも普通になってきています…

現在 駅務員として活躍する金城エリナさん

30年待ち続けた男…県民乗車第一号…

あの日、もう一つの一番列車があった。
首里城駅始発の一番列車。こちらの列車に一番乗りしたのが沖縄県の山川勇さん。
山川さんにとって、小学生のころに新聞で「未来の鉄軌道」の記事を見て以来、30年間、待ちに待った待望の一番列車だった。

現在でもよく「ゆいレール」を利用するという山川さん。
15年前、おもろまち駅周辺には、あまり高いビルなどはなかった。今では再開発も進みホテルやショッピングセンタ-が立ち並ぶ。そんな車窓からの眺めを見て山川さんは感慨深げにこうつぶやく。

開業当時の「おもろまち」周辺
現在の「おもろまち」周辺

僕にととって「ゆいレール」は“未来の乗り物”それは今になっても変わらない…

現在の山川勇さん

そんな山川さんにとって、あるお気に入りの風景があるという。
現在の終点の首里駅の車止めの先に伸びる軌道を眺めると胸が高まるという。
ゆいレールは、現在の終着駅の首里駅から2019年開業に向けて「石嶺」「経塚」「浦添前田」「てだこ浦西」の4駅を工事中

気が付いたら沖縄中にモノレールが走っているような、そんな未来の沖縄を思い描いています…

と、笑顔で話す山川さん。彼にとってゆいレールは今も“未来の乗り物”なのだ。

たくさんの人の“思い”を乗せ今日も走り続ける沖縄の「ゆいレール」
今度沖縄に行った際には、乗ってみてはいかがだろうか!

(執筆:沖縄テレビ 祝 三志郎カメラマン)

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