「翁長知事の後継者は翁長しかいない…」9月30日の知事選で沖縄の“戦う民意”はどこへ向かう?

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  • 辺野古移設を訴え「保革」の枠を超えて知事となった翁長氏は唯一無二の存在
  • 国と法廷闘争、国連人権理事会での演説…沖縄の「不条理」を訴えつづけた
  • 超短期決戦…9月30日の知事選が今後の基地問題の行方を決める

国との法廷闘争

今月8日に死去した翁長雄志知事の後継者を決める沖縄県知事選が9月13日告示、30日に投開票が行われることが決まった。
2014年12月に辺野古基地移設反対を公約に掲げ、前知事に大差をつけ勝利した翁長知事、就任直後には改めて基地反対を力強く訴えていた。

辺野古新基地は造らせない、というような形で私の県政運営の柱にしていきたいと思います。

前の知事が行った辺野古沿岸部の埋め立て承認に法的な問題点がないか検証する、有識者委員会を立ち上げ移設阻止に向けた狼煙を上げていた。
なかなか実現しなかった菅官房長官との会談が就任から4か月が経ちようやく実現。
この席で改めて翁長知事は国の姿勢を問いただした。

沖縄が負担しろ、お前たち代替案を持っているのかと、こういった話をされること自体が日本の国の政治の堕落ではないか…

国土のわずか0.6%に、70%という過重な基地負担を強いられている沖縄。
2015年5月、安倍首相に対し翁長知事は沖縄の「不条理」を訴えた。

すべての選挙で辺野古新基地反対という圧倒的な民意が示された。
沖縄は自ら基地を提供したことは一度もありません

基地の押し付けにあらがう沖縄の思いを「戦う民意」と称した翁長知事。
2015年5月に那覇市内で行われた新基地建設反対のための県民集会では沖縄の方言で「沖縄県民をないがしろにしてはいけない」と強く訴えた。

言葉を尽くして県民の心を鼓舞し続ける一方で基地問題の当事者、アメリカにも自ら足を運び、政府、議会、シンクタンク関係者などと精力的に面談をこなし移設計画の見直しを直訴した。

非民主的な形でアメリカが使う基地をつくっているのであって、その様子も世界に発信されている。その意味ではアメリカも第三者ではありませんよ。

2015年9月にはスイスのジュネーブで開かれた国連人権理事会に出席。
「基地問題」を「人権問題」として捉え、日本とアメリカ、両者のはざまで基地問題に翻弄されてきた沖縄の歴史を万国共通のテーマとして演説を行った。

沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。
自国民の自由・平等・人権・民主主義、そういったものを守れない国がどうして、世界の国々とその価値観を共有できるというのでしょうか?

就任から10か月後の2015年10月。辺野古周辺で着々と進められる移設工事を法的に止めるため埋め立て承認を取り消し、国との法廷闘争に突入。
国と県が裁判を起こすという異例の展開となった。

しかし、最高裁は翁長知事の承認取り消しは違法とする判決を言い渡し、沖縄県側の敗訴が確定した。
敗訴後も翁長知事は改めて「辺野古基地反対」への思いをこのように語っていた。

しっかりとした審理を求めていただけに、弁論を開かずに判決が出るのは残念。
今後も「辺野古基地は作らせない」この信念をしっかり持ちつつ私の思いを遂げていきたい。

相次ぐ事件・事故

翁長知事就任後もアメリカ軍基地から派生する事件・事故が相次いで起こった。
2016年12月、県民が配備に反対をしていたオスプレイが事故を起こした。その際、翁長知事は当時の稲田防衛相に対して強い口調で配備の撤回を迫った。

県民が強く反対していたオスプレイがこのような事故を起こしたことに対し強い怒りを禁じえず、直ちに飛行中止と配備撤回を強く要請すると共に強く抗議いたします。

さらに、2017年高村高江に普天間基地の大型ヘリが不時着炎上事故を起こした際、日米地位協定により警察の現場検証など本格的な捜査ができないままアメリカ軍が事故機の撤去作業を進めた事態を受け、小野寺防衛相には強く日米地位協定の改定を迫った。

日本政府は当事者能力があるんだろうかと…日本政府がアメリカ当局、政府あるいは米軍に物申して物事が進むことがあるんだろうか?大変、日本国民として寂しい思いです。

それでも事故は起こり続けた。
2017年12月には普天間基地に隣接する小学校にアメリカ軍ヘリの窓枠が落下。
翁長知事の怒りは頂点に達していた。

何十回、何百回と同じことを繰り返すのか…
日本の安全保障、極東の安全保障のためには沖縄の人はある意味で“どうなってもいい”というようなものにしか見えません。

2017年6月、アメリカ軍属の男に県在住の20歳の女性が殺害された。
この事件を受けて開かれた集会で翁長知事は改めて「日米地位協定の見直し」「海兵隊を含む基地の撤退・縮小」「新辺野古基地の建設阻止」に取り組んでいく不退転の決意を表明。
沖縄の方言で県民に強く語りかけた。

2017年4月、国は辺野古沿岸部で事実上の埋め立てとなる護岸の建設に着手。
一方で今年2月に行われた辺野古のある名護市長選では、移設に反対し続けた現職の市長が敗れ翁長知事にとっては大打撃となった。

それから2か月後の今年4月、がんの手術を受けた翁長知事の健康を不安視する声が強まる中、辺野古移設阻止を掲げる姿勢を崩すことなく、7月埋め立て承認を撤回する方針を表明。病と闘いながらも、不退転の覚悟で国と対峙する決意を改めて示していた。

20年以上も前に決定された辺野古新基地建設を見直すことなく、強引に推し進めようとする政府の姿勢は到底容認できるものではありません。今後もあらゆる手段を駆使して辺野古新基地をつくらせないという公約の実現に向け全力で取り組んでまいります。

基地問題の今後は?

翁長知事の死去を受け9月30日に実施される県知事選。
今後の基地問題の行方は、その選挙の結果に左右される可能性が高い。

元来「保守本流」を自認し自民党の沖縄県連の幹事長まで務めた重鎮。
一部の保守層や経済界の有志、対立軸にあった革新政党の支持を取り付け「保守」と「革新」の枠を超えた枠組みで「基地移設反対」を掲げ、知事に当選していた経緯があり「翁長雄志の後継者は翁長雄志しかいない」といわれてきた。
それくらい、沖縄の政治の世界において翁長知事は唯一無二の存在だった。

そんな事情もあり、翁長知事のすい臓がんが判明して以降も、後継者選びは事実上進んでいない状態だった。

一方で県政奪還を目指す県自民党は、すでに現宜野湾市長の佐喜真淳氏の擁立を決めており後継者の宜野湾市長の擁立作業にも目途がついたといわれている。

翁長知事の死去を受け「弔い合戦」として改めて辺野古移設反対派の機運が再び盛り上がりを見せるのか、県政奪還を目指す県自民党が勝つのか?

辺野古移設の是非が最大焦点となる9月30日の沖縄県知事選挙。
超短期決戦の選挙戦となるなか、翁長知事の後継として誰が擁立されるのかが注目される。

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