記者が見た北方領土ビザなし交流 船上の激論で問われた“意義”

杉山 和希
カテゴリ:国内

  • 北方領土へのビザなし交流に記者が同行取材
  • 択捉島では初の墓石修繕を行うなど一定の成果も
  • 船上で激論「ビザなし交流の本来の意義」とは?

日露「ビザなし交流事業」とは

日本固有の領土でありながら、ロシアに不法占拠されたままの状態が続いている北方領土の択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の4島。その北方領土へのビザなし交流事業が7月27日から31日まで行われた。

「ビザなし交流」とは、日本人と北方領土に住むロシア人との相互訪問による交流事業のことで、1992年から始まった。
旧島民をはじめとする日本人が、北方領土にロシアのビザで入ることは、日本がロシアの実効支配を認めることになってしまう。
そこで、パスポートやビザはなしで、外務大臣が発行する身分証明書などにより渡航が認められる特別な仕組みを作ったのだ。

今回は、北方領土返還要求運動連絡協議会を中心とする64名が、北方四島交流船「えとぴりか」で根室港を出港し、4泊5日の日程で択捉島と国後島を訪問した。
私もこの訪問団の一員として同行した。

択捉島の日本人の墓石を修繕…そこにはロシア人の姿も

今回の訪問の目的の一つは、日本人の墓石の「修繕」だった。択捉島の紗那墓地で行われた修繕作業は、母親が択捉島出身の2世で、設計事務所を営む井桁正美さん(58)を中心に行われた。

セルゲイ・クワソフさんと井桁正美さん

驚いたのはそこにロシア人の姿があったことだ。名前はセルゲイ・クワソフさん(62)
択捉島を拠点とする大手水産加工会社「ギドロストロイ」の系列孵化場で副場長を務める男性だ。セルゲイ氏は墓石の修繕を手伝う理由についてこう語った。

「死んだ人に国籍はありません。みんな同じです。お互い助け合わなきゃいけないんですね。隣人として助け合わなきゃ」

セメントなどの資材350キロを現地が用意する中で今回行われたのは、木枠を作りそこにコンクリートを流し込む作業だった。

コンクリートが固まった後、セルゲイさんらが墓を建てておいてくれるという。
作業を見守っていたロシア人女性も、日本人とロシア人が協力する姿に、とても感動していた。ここに新たな日露の友好の形が見て取れた。井桁さんも今後の活動についてこう決意を述べた。

「紗那墓地以外にもたくさんの墓がある。毎回倒れたお墓に手を合わせて帰るという悲しいことも繰り返しています。ですから今後もこの事業を続けたいと思っています」

 井桁さんはまだ倒れたままとなっている自分の祖先の墓も、今後何とかして元に戻すと墓石を前に誓っていた。

船内の反省会で激論「金を払っているのは日本」

一行は択捉島と国後島の各地を視察し、様々なロシア人と交流し、現地での日程を終えた。その後、船内で行われた反省会では、この交流事業の在り方について激論が交わされた。

そもそも、この「ビザなし交流」事業は、1991年の日ソ外相往復書簡にある通り「領土問題の解決を含む日ソ(日露)間の平和条約締結問題が解決されるまでの間、相互理解の増進を図り、もってこのような問題の解決に寄与すること」を目的としている。

つまり、友好のための交流事業ではなく、相互理解を通じた平和条約締結への下支えとなるための事業なのだ。

引き金となったのは、鈴木貴子衆議院議員の発言だ。

鈴木貴子議員

「ビザなし交流を意義あるものにするためには、団員一人一人がビザなし交流の歴史、なんのためのビザなし交流なのかという点をしっかりとわかった上で参加しないといけない。というのも友好のための交流に終わってしまっている感が否めないのではないか」

 この発言をきっかけに大激論が行われた。まだ10代の若者が、船内で夜な夜な行われる宴会への苦言を呈すると、栃木県議の横松盛人氏が語気を強めて反論した。

すると、貴子議員の父で、北方領土問題に深く関わってきた鈴木宗男氏が割って入り、こう述べた。

鈴木宗男氏

「皆さんビザなし交流だけでは意味がないんです。平和条約締結のための一つの手段としてやっているということを最初に共有しなければいけない。国民の税金を使ってるんです。全部日本人の税金ですよ?夕食会、昼食会、御馳走様でしたじゃない。こっちが金払っているんですから。これ、みんなわかってますか?」

公明党の佐藤英道衆院議員は「反省会も大事だけれども、明日のプログラムについて、このセッションはこういう意味があるといったことを一つ一つ教えていただきながら、翌日に臨むというのもすごく大事じゃないか」と交流にあたっての事前準備の大事さを指摘した。

さらに参加者からはこんな声が出た。
「日本とロシアの主張は並行線なんだと今回の訪問でつくづく思いました。(日本人が)『ロシアで税金払って』暮らすなら、(ロシアは)大歓迎ってことなんです。そしてこの活動の意義を明確にしないことで得をする人もいるんだなって」

一方、元島民の参加者からは「だんだん良い方向に向いている。今までになかったようなことなので」と、事業を通してロシア人住民との交流が前に進み、領土返還につながることへの手応えの声が出ている。
 

日露交渉難航の中で問われるビザなし交流の「意義」

根室港に戻ってからの記者会見では、北方領土返還要求運動連絡協議会事務局長で、今回の訪問団の団長である児玉泰子氏に対し、ビザなし交流の意義についての質問が飛び、児玉氏はこう答えた。

「ビザなし交流の役割というのは、環境作り。非常にあいまいなものですが、やっぱり人間関係をつくっていくということは環境作りの一つであると思っております」

そう意義を強調した一方で最後にはこう結んだ。

「もう一度、根本的にビザなし交流というのはどういう役割をするんだという見直しの時期でもあるというのは、間違いないと思っています」

北方領土返還に向けたロシアとの交渉が進まない中、「領土問題解決への過程」というこのビザなし訪問活動の本来の意義は、これから一層問われることになりそうだ。なぜなら、この事業は国民の税金で行われているものなのだから。

(政治部 首相官邸担当 杉山和希)

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