DNAだけではない! ”遺骨が語るサイン”を読み解く 北朝鮮から55柱の米兵返還

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  • 「遺体が北朝鮮からアメリカに引き渡されたことが確実になるまで取材内容使用禁止」
  • アメリカ最先端の身元鑑定はDNAだけではない コインがカギになることも
  • 鑑定は数年に及ぶ可能性も…「遺骨」が北の有力カードに

取材直前に突如エンバーゴ 背景には米朝の神経戦

身元鑑定が行われている兵士たち

「遺骨が北朝鮮からアメリカに引き渡されたことが確実になるまで、今回の取材内容を使用禁止にする」

 電話口からは、国防総省の担当者の緊張した声が聞こえる。アメリカ兵の遺骨鑑定施設を取材するため、トウモロコシ畑が広がるアメリカ中西部の空港に降り立った直後のことだ。取材条件を変更する、突然の通達があった。いわゆる「エンバーゴ(報道解禁時刻)」が設定されたのだった。しかも、この指示は我々の取材に対し、国防長官オフィスから直々に出されたという。日本の一メディアに対し、取材直前にエンバーゴが課されるのは極めて異例だ。

この異例な対応の理由は、アメリカ政府が北朝鮮との交渉過程で、返還条件や遺骨数などをめぐり、北側から様々な揺さぶりをかけられ、神経戦を強いられたことにある。返還を翌日に控えてもなお、アメリカ政府が北朝鮮による急な延期や想定外の事態を警戒し、遺骨を自らの手で直接確認するまでは信用できないと考えていたことを浮き彫りにする事態だった。

アメリカ最先端の身元鑑定とは…遺骨が語るサイン

DPAAの前身組織JPACの鑑定ラボ 規則が変更され現在のDPAAでは遺骨は撮影禁止

一面に広がる作業台と、その上に乗せられたこげ茶色の遺骨。標本のように一体分の骨がそろっているものもあれば、頭がい骨や小さな骨片しかないものもある。その数50以上。ネブラスカ州オファット空軍基地内にあるDPAA(Defense POW/MIA Accounting Agency=国防総省捕虜・行方不明者調査局)の鑑定ラボ(研究所)だ。ラボはDNAが混入しないよう部外者入室禁止とされているほか、遺骨であっても個人としてみなされ、プライバシーを重視してカメラ撮影が禁止されるなど、厳重に管理されている。

DPAAとは、戦争で行方不明となった兵士の遺骨を回収し、身元を特定して遺族の元へと帰すことを目的とする国防総省の組織。アメリカは、戦死者の遺骨収集に最善を尽くすことで知られており、いまだ行方不明の約8万2000人全ての遺骨を回収し身元を特定するのがミッションだ。27日に北朝鮮から返還された55柱の遺骨も、このDPAAが鑑定を行う。

DPAAのキャリー・ブラウン博士

 「DNA、歯科記録、所持品、歴史的背景、考古学の観点から、すべての断片を結び付けて、行方不明の兵士と遺骨を照合する」

DPAAのキャリー・ブラウン博士は、身元鑑定にはあらゆるディテールが必要だと指摘する。

戦地で回収された遺骨は、ハワイやネブラスカなどのラボに運ばれ、外傷や歯の治療痕の他、遺骨とともに見つかった所持品、死亡時の歴史的な背景、さらにDNAなど、多角的に分析が行われる。

DNAだけではない コインが身元鑑定のカギに

コインの鑑定作業

この日、ラボでは遺骨とともに見つかったコインの鑑定が行われていた。しかし、なぜコインを丹念に調べることが、身元特定につながるのか。

あるケースで、遺骨とともに数枚のコインが見つかった。コインを丹念に調べたところ、製造年が行方不明の兵士の子ども達の誕生年と一致し、身元特定につながった。所持品と遺骨は、その兵士が、亡くなるその日まで、自身の子どもが生まれた年のコインを肌身離さず所持していたことを物語っていたという。

遺骨とともに見つかったコイン

DNAだけで特定できないケースもある。親族がすべて死亡している場合や、子のDNAと照合したところ、実は父親が違ったというケースがあるからだ。

 また、詳細な分析は、遺族や現役兵士の心情に寄り添う効果もある。ある発掘現場では、1000㎡を捜索したものの、こぶし大の骨片しか見つけることができなかった。その骨片が遺族の元に戻った際、妻は「これが夫だとは到底信じることができない」と鑑定結果を拒絶した。しかし、ともに見つかった所持品や現場の状況についてDPAAの担当者から詳細な報告を受け、結果を受け入れることに同意したという。

「今、国に尽くしている兵士にとっても、自分や自分の家族が行方不明になった場合に必ずDPAAが遺骨を取り戻して身元を特定すると知ることは重要なことだ」

鑑定は数年に及ぶ可能性も…「遺骨」が北の有力カードに 

遺骨の移送用ケース

「第三者に遺骨を引き渡された場合、自ら収集した場合に比べて情報が非常に少なくなる。遺骨の出所や背景とのつながりが分からない場合、鑑定は難しくなる。」

ブラウン博士は、今回返還された遺骨の鑑定は、数か月から数年に及ぶと指摘する。医療記録がなく、劣化によってDNAが検出できないケースでは、鑑定が長引くからだ。国防総省の報告によると、過去には北朝鮮が46柱として引き渡した遺骨が実際には70柱あり、さらにアメリカ人が一人も含まれていなかったことが判明したケースもある。今回の遺骨もアメリカが自ら発掘したものではないため、鑑定には時間がかかる可能性があるのだ。

また、別の側面からの指摘もある。議会調査局の報告によると、1996年から2005年にかけて、アメリカは北朝鮮で遺骨発掘を行うにあたり、北朝鮮側に2000万ドルを支払ったことが分かっている。アメリカ側は、今回この代価について明らかにはしていないが、「遺骨」は過去北朝鮮にとって格好のビジネスになった実態がある。
 
亡き兵士の遺骨収集を重視するアメリカ。交渉の長期化を望む北朝鮮はそれを逆手にとり、外交カードとして利用する。北朝鮮が遺骨交渉で主導権を握り、残りの遺骨返還も長期化すれば非核化を含む全体の交渉に影響を与えかねない。今後も米朝の神経戦は予断を許さない状況だ。

(執筆:FNNワシントン支局 瀬島隆太郎)

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