公共サービスが99%デジタル化。“未来国家エストニア”視察リポート

カテゴリ:ビジネス

  • 銀行取引の99.8%がオンライン 世界で最初にインターネット投票も実現した
  • エストニアは電子政府により、毎年840年分の時間を節約
  • 日本の場合、「未来国家」は存続の危機に直面する“地域”に大きな希望を与えるのでは

「未来国家」エストニア

1991年にソ連から独立したエストニア共和国は、4.5万平方kmの国土(九州+沖縄と同程度)に約132万人の人口(福岡市よりも少ない)が住んでいる国だ。一人当たりGDPは15,945ユーロと日本の半分以下である。資源は、オイルシェールや泥炭が産出するが、エネルギー需要の半分は外国に依存する。

そんなヨーロッパの小国と思われがちなエストニアでは、99%の公共サービスがデジタル化しており、98%の企業がオンラインで設立され、その設立手続きはわずか18分程度しかかからない。銀行取引の99.8%が、確定申告も95%がオンラインで行なわれている。さらに世界で最初にインターネット投票を実現したのもエストニアである。このように世界に先駆けて電子政府化を実現した事から「未来国家」と呼ぶ人も多い。

私は、5月1日から5月6日の5日間、その「未来国家」の主要部を視察する機会を得たので、この場を借りてその一部を紹介したいと思う。

エストニア政府の経営戦略

各国の視察団がエストニアを訪れて最初に通される場所が「e-Estonia Showroom」だ。ここでは、同国の電子政府政策に関するプレゼンテーションを聞くことができる。

デジタル化によって軍事費とほぼ同額のGDP2%分の予算削減効果があり、毎月エッフェル塔より高い300m分の紙を節約できている事や、国がデジタル化に投資している額はGDPの1%である事など、いかに効率的に行政運営をしているかを強調していることが印象的だった。

そもそもプレゼンテーションのタイトルページにつけられた副題が「市民中心のサービス:お役所仕事ゼロを夢見る(Citizen-centric services:dreaming of zero-bureaucracy)」なのだ。

また、起業発生率(TEA)と企業内起業発生率(EEA)を総合した「起業家活動指数」はヨーロッパで第1位(※1)、国の税制が中立で競争力があるかどうかを示す「国際税務競争力指数」はOECD諸国の中で第1位(※2)ということを得意げに話す姿も記憶に残った(ちなみに日本は22位である)。
(※1:World Economic Forum 2017 ※2:Tax Foundation 2017)

国産スタートアップによるサービスやプロダクトが所狭しと展示されているこの施設を見れば、同国が何を重視しているのかがよくわかると思う。

電子政府を支えるインフラと原則

プレゼンテーションでは、電子政府を支えるインフラや技術についても説明があった。

主なインフラとして、900以上の機関とデータベースをつなぎ、年間5億回以上のトランザクションに耐える「X-ROAD」と、そのセキュリティを確保する「KSIブロックチェーン」、そして個人認証を行う「IDカード」が挙げられる。それぞれデータの可用性、データの完全性、データの秘密性を実現している。

これらのインフラは、いくつかの原則に基づいて実装されたそうだ。ユーザーから一度情報を聞いたら二度と聞かない「Once-only」、集めたデータの所有権は国民が有しており政府はどのように使われているかを国民に知らせなければならない「Data ownership」、最初からデジタルであるべきとする「Digital by default」のようにユーザーファーストの設計思想が垣間見られた。

電子政府の実装により、毎年840年分の時間を節約しているというのであるから恐れ入る。

政府関係者が語る「50年先のビジョン」

続いて、「e-Residency Office」において、エストニアの目玉政策の一つである「e-Residency」プログラムを統括する国際事務局長のKaspar Korjus氏(30)から話を聞いた。

「e-Residency」とは、外国人でも同国の電子政府インフラを利用して、エストニア政府やエストニアの企業が提供する電子サービスを使用できる「仮想エストニア国民」として認証するプログラムであり、本記事執筆時点で161カ国から39,000人を超える人々が取得しており、日々増加している。

Kaspar氏の話で最も印象深かったのは、個人的な見解と前置きをした上で、50年先のビジョンとして、「e-Residencyによりボーダレス化を進め、政府や制度の透明化を達成し、貨幣に代わるトークンエコシステムを一般化させ、AIに力を与え(empowering AI)、社会統合(merging societies)を行う」という構想であった。

まるで最先端のテック系スタートアップ起業家と話しているかのような錯覚を覚えたが、彼はれっきとした政府関係者なのである。

プロトタイプの「多産多死」

ここからは、スタートアップ関連の視察先について述べていこう。国内で二番目に大きい大学であるタリン工科大学に隣接する「Tallin Science Park Tehnopol」では、バルト海周辺で最大のテックハブとしてスタートアップのマッチングやソフトランディングを支援している。

主要プログラムの一つである「Prototron」を通して、プロトタイプに対する小規模なファウンディングやメンタリングを多数行なっており、15年間で223件のスタートアップを輩出し、その65%が現在も事業を継続している(投資総額は17.5万ユーロ)。

CEOのJaak Raie氏曰く「早くスケールするか、早く失敗するか(Scale fast or fail fast)」というコンセプトを掲げて、新しい市場を開拓する事を重要視しているそうだ。
敷地内にはSkypeの創業地があり(現在は支社が所在)、ペイパルマフィアならぬ「エストニアンマフィア」として成功を夢見る科学者や起業家が集まっている。

起業家育成と産学連携の促進

一方、タリン工科大学の「MEKTORY」というプロジェクトでは、起業家の育成と産学連携に注力しており、大学生のみならずエストニア内の中高生や教員も対象にした起業支援や企業との研究開発を行っている。

若年層をターゲットとしているのは、独立から間もない1996年に実施された「Tiger Leap」という6歳以上を対象としたICT教育プログラムからの伝統で、ロゴに描かれている虎もこれに起因するようだ。当時、病院でさえまともに動くコンピュータは全国に4台しかなかったそうだが、全ての学校に新型のコンピュータとインターネットアクセスを配備し、ICT教育を徹底したらしく、その教育を受けた世代がエストニアのデジタル化をさらに発展させたと考えられる。

施設内には様々な企業や各国大使館からのスポンサードにより複数のフリースペースが提供されており、起業に適した環境が整備されているように見えた。

国を挙げたスタートアップエコシステム育成

最後に、政府のイニシアチブである「Startup Estonia」を紹介する。ここでは、民間部門や公共部門の垣根を超えて、スタートアップ、インキュベーター、アクセラレーターが連携して、スタートアップエコシステムの形成を目的としている。

すでに、一人当たりスタートアップ数とシードステージ投資件数がヨーロッパで最も多いそうだが、2020年までに現在の2倍近い1,000社を目指しているそうだ(現在は約550社)。
外国人起業家も積極的に増やそうとしており、「Startup Visa」という革新的でスケーラブルなビジネスに取り組むスタートアップ起業家を対象にビザ取得を容易にする取り組みを進めている。

日本にエストニアを超える都市は誕生するか

ここまで、エストニアの電子政府政策やスタートアップ環境について述べきたが、最後に、我が国の状況についても振り返っておきたい。

日本政府はデジタル化を進めるべく「デジタルファースト法案(仮称)」を次期国会に提出する意向を見せており期待は高まるが、どのようなものが実装されるのかは未知数と言わざるを得ない。

そもそもエストニアはなぜ約15年も前に電子政府を実装できたのだろうか。複数の関係者からの話を総合すると、その理由は「やるしかなかった」からだと言えよう。隣接するロシアの脅威を前に、資源も豊富にあるわけではない小国の生存戦略として国外から投資を呼び込む制度を整え、「IT立国」としてPRし、世界中にファンを増やす事は、そのまま国家安全保障に役立つ。データをクラウド化しておけば、万が一、領土を失っても再建が可能だ。

ある意味で、国家の形を根本からデジタルに変換(transform)する事は、それくらいの危機感と覚悟が無いと難しいのかもしれない。そう考えると、日本全体にそれだけの意識が醸成されているかといえば疑問が残る。可能性があるとすれば地方からの変化ではないだろうか。

地方の情勢に詳しい方であれば、エストニアと関係が深くスタートアップ特区でもある福岡市(高島宗一郎市長)や、RPAの実装やスタートアップ推進室の設置などで話題に事欠かないつくば市(五十嵐立青市長)を思い浮かべるかもしれない。しかし、私が一番注目しているのは別の町である。

私がエストニアから帰国した翌月6月26日に町長選挙が行われ、全国最年少町長が誕生した新潟県津南町。見事当選を果たした桑原悠町長(31)は、町長選挙において、町の課題に対応する総合政策集に加え、公共領域の課題をテクノロジーで解決する「パブリテック」という概念に基づく個別政策集を掲げて戦った。

津南町は、高齢化率は38.7%に達し、人口は1万人を切っている町だ。例に漏れず財政は地方債や地方交付税交付金に大きく依存している「消滅可能性都市」である。そんな津南町の町民たちが若者に希望を託し、「未来国家」に舵を切ることができれば、日本中に数多く存在する同様の危機に直面する地域に大きな希望を与える事は間違いないであろう。

道のりは間違いなく厳しいが、その地域の一人ひとりが危機感と覚悟を持ち、勇気を持って変革に立ち向かうリーダーと共に本気で挑戦を重ねていけば、必ず道は拓けると思う。未来世代のためにも、今、「やるしかない」のではないか。

取材・撮影・文:仁木崇嗣(一般社団法人ユースデモクラシー推進機構 http://youth-democracy.org/

ワールド・テック・リポートの他の記事