旧ドイツ軍Uボート 日本海底で発見

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  • 第二次大戦中 同盟国ドイツから日本にUボートが提供されていた
  • 戦後、そのUボートは「海没処理」され海底に眠っている
  • 元潜水艦の乗組員は今回の発見に複雑な思い

日本の海底に眠る“Uボート”

第二次世界大戦中、ドイツが連合国軍を苦しめた潜水艦「Uボート」。
当時、日本と同盟を結んでいたドイツから技術交流を目的に、昭和18(1943)年に旧日本海軍に譲渡され「呂(ろ)500」と名付けられていた。
ドイツから送られた潜水艦「呂500」は、全長約76メートル、高さ約10メートル。

戦後、海没処分とされていたが潜水艦を追う研究者らが、今回、海底調査を行い海底に眠る潜水艦を確認した。

今回、若狭湾で探索を行うのは九州工業大学の浦環(うら・たまき)特別教授らでつくるチーム。

浦特別教授らの調査で、若狭湾にはこの「呂500」以外にも二つの潜水艦が沈んでいることが分かっている。

福井県越前町の越前漁港。

探索開始前日、探索に使う機器を積み込む浦特別教授は、「日本に潜水艦技術を伝えるという重い生涯を背負ったドイツのUボート、日本名『呂500』をぜひ見つけたい」と強く意気込みを語った。

そしてもう一人、この調査に特別な思いを寄せる人がいる。
「呂500」の元乗組員、越前市に住む92歳の小坂茂さん。
小坂さんは越前市出身で海兵団に志願し、砲術学校や潜水学校を経て、「呂500」の乗組員となった。

小坂さんは、今回の海底調査に対して「自分が乗っていた船なので懐かしいが、本当は潜水艦には乗りたくなかった。出航する船が全部沈んでいたから」と複雑な思いを語る。

いよいよ海底調査が開始

調査初日は「シンヤマ」と呼ばれる越前岬沖から西に約30キロの海域を海底地形を捉えることができるマルチビームソナーを使って調査。
沈没船の存在は確認できたものの現場は水深約250メートルと深く、残念ながら沈没船を特定することはできなかった。

調査2日目。この日は京都府舞鶴市の若狭湾にある冠島の西側を調査。
午前中に海底で潜水艦とみられる2隻を確認。
そのうち1隻が長さと形から「呂68」と呼ばれる潜水艦と確認できたがもう1隻は翌日改めて調査することになった。

調査3日目。この日は前日調査した「呂500」の可能性がある残りの1隻を遠隔式無人潜水機ROVを用いて調査。
モニター映像を見ながら浦特別教授が叫んだ。

「ブリッジが見えてる」「舳(へ)先の頭の形からこれは『呂500』だ。やったね」

戦後、海底に眠っていた「Uボート」が長年の時を経て発見された歴史的瞬間だ。

4日間の調査を終え越前漁港に戻ってきた調査チーム。
「人間的なドラマが多い艦なので、グッと来ている」と浦特別教授の表情からは満足感がうかがえた。

しかし、すぐに小坂さんの口から出たのは懐かしさの反面、素直には喜べない複雑な思いだった。
「戦争はイヤ。顔も見たことのない人を殺す。してはならないのが戦争です」

戦争という事実に真っ向から向き合おうとする研究者と、戦争の罪の深さを唱える元乗組員。

沈没した潜水艦の新たな使命は「戦争を伝えること」なのかもしれない。


(福井テレビ プライムニュース 6月29日放送分より)


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