番号と写真で管理され、子どもを隠したロヒンギャの人々【山中章子アナウンサー】

カテゴリ:ワールド

  • ロヒンギャ語を話せないロヒンギャも
  • 国民カードをもらうために写真撮影
  • ロヒンギャの中に裏切り者が!?

今年のFNSチャリティキャンペーンは、緊急支援としてバングラデシュにあるロヒンギャの難民キャンプを取材した。
私にとって3回目のチャリティ取材。
これまでロヒンギャ難民の実態を報告してきたが、第五弾の今回は、ロヒンギャ難民から聞いたミャンマーでの迫害の日々についてまとめた。

(これまでの取材報告はこちらから
【第一弾】ロヒンギャ難民を受け入れるバングラデシュ国民の“懐の深さ”と現実
【第二弾】難民キャンプではスマホで薪を管理!? 砂嵐の中に生きる70万人のロヒンギャの実態
【第三弾】「子供が象に殺された」キャンプにたどり着いても安心できないロヒンギャ
【第四弾】ミャンマー軍に両親を殺された! 少女が吐露したロヒンギャの現実 )

2つのタイプのロヒンギャ

第四弾で報告した、ミャンマー軍に両親を殺害されたヤスミン姉妹の、親代わりをしている夫婦が、ミャンマーでの現状を話してくれた。

夫はミャンマー人の土地で農作業をする日雇い労働者として働いていたのだが、ロヒンギャの人々は普通の人がもらえる賃金の半分以下しかもらえなかったという。
その仕事をしたくなかったとしても、生まれた時から勉強する機会を与えられていなかったため、他の仕事につくことはできなかったそうだ。

彼はまた、ラカイン州に住む仏教徒の少数民族であるラカイン族も貧しいとしたうえで、ロヒンギャはそれ以上に貧しかったと話した。

ミャンマーに住むロヒンギャは2つのタイプがあるそうだ。
自分たちのようにバングラデシュとの国境に近いラカイン州に住む、ロヒンギャ語しか話せないロヒンギャと、都市部に進出した、ロヒンギャ語は話せないがミャンマー語を話すロヒンギャの2タイプだ。
前者はもともと迫害を受けていたが、2017年8月25日以降は、後者のような都市部のロヒンギャも迫害の対象になったと話す。

「自分の周りでは殴り殺された人もいるし、火の中に投げ捨てられた赤ちゃんもいた。自分の目の前で妻や娘、孫などが性的暴行を受けたり、虐殺されるような危険性があるミャンマーでは生きていけない」

そう話す老夫婦は、バングラデシュにいる方が幸せだが、一方で、人権を保障してくれるのであれば、やはり生まれ故郷のミャンマーに帰りたいとも訴えた。

ただの家族写真と思いきや

妻は、家の奥から数枚の写真を持ってきて見せてくれた。
この夫婦の家族が写っている。

家族写真かと思ったが、よく見ると、写っている人物はみな首から何か下げ、手を体の横にぴったりつけ、ニコリともしていない。
これはロヒンギャを管理するためにミャンマーで撮られた写真だという。
そして、首から下げているのは番号札だ。
ロヒンギャはミャンマー政府によって国籍を剥奪されたのだが、決められた場所に住むために必要ということなのか、政府から国民カードをもらうそうだ。

その国民カードをもらうためには、生まれた時に一人50000チャット(約4000円)を払わなければならず、何人家族なのかミャンマー政府が把握するために写真を撮るという。
しかも毎年更新が必要で、その更新料も一人3000チャット(約240円)かかってしまう。

日雇い労働や、重労働が主な仕事で、前述のように通常よりもさらに安い賃金で働くロヒンギャたちにとって、それは大金だ。
簡単に払える金額ではなかっただろう。

実際、この夫婦には、写真には写っていないが、もう一人子どもがいたという。
同じく長男夫婦にも、もう一人小さい子どもがいたが、その子供たちの分までは、お金を払えなかったそうだ。

もしバレたら暴力を振るわれたり、違反金を支払わなければいけなかったので、その子どもたちは当局に隠して育てていたという。


また、写真に写る女性たちを見ると、スカーフをしていない。
そのことについて尋ねると、スカーフをとってミャンマー人のように装わなければいけないと強制されたため、スカーフをとって撮影したそうだ。
イスラム教では、女性が人前でスカーフを外すことはアッラーの教えに反することで、妻は「とても辛かった」とうつむきながら話した。

この夫婦は次男と一緒に逃げてくる時にヤスミン姉妹を見つけ、二人を支えながらこのキャンプにたどり着いた。
先に避難していた次女の家族と落ち合い、今はその近くに家を構え、暮らしているのだが、長男と長女の家族はまだミャンマーに残っている。

その話になった途端、妻の語気が強くなった。
そして、子供たちが今どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかもわからないと言って、泣き出してしまった。
先ほどまで気丈に振舞ってはいたが、自分の大切な子供や孫たちがどうなっているかわからないなんて、本当に胸がかきむしられる思いだろう。


「ミャンマーから命からがら逃げてくる時、何も持ってくることはできなかったけれど、この写真だけは必死に持って来たんだ」と、大切そうに見せてくれた少しシワの入った写真。

そこに写るのは、遠くを見つめるような覇気のない表情の愛する家族たちだ。
つらい記憶を思い出させるその写真が、家族の唯一の思い出になっているなんて、皮肉としか言いようがない。

ロヒンギャの中の裏切り者

キャンプの木々の奥はミャンマーの山並み

また、こんな話もしてくれた。
ロヒンギャの中に裏切り者(タッベー)がいるというのだ。
その裏切り者のせいで多くのロヒンギャが犠牲になったそうだ。

裏切り者はミャンマー軍に様々な告げ口をして、村に手引きしていたという。
例えば、象に襲われたり、家が火事になったりすると、それを軍に密かに伝え、軍がその事実を知って村に来て、被害にあったロヒンギャに対してお金を払えと言ったそうだ。
被害にあっているのにお金を払え、だなんて理不尽極まりないと思うが、そんなことはしょっちゅうあったという。

彼女によると、裏切り者のロヒンギャは何人かいたようで、結局そのうち2人は他のロヒンギャに殺害され、まだミャンマーにいるそのほかの裏切り者に関しては、フェイスブックを使って、「次に我々がミャンマーに帰ったらタダじゃおかない」と宣戦布告のようなことを発信している人もいるという。
通訳をしてくれていた地元のバングラデシュ人のジャーナリストも、この話は初めて聞いたそうで驚いていた。


このヤスミンの親代わりの家族たちは、私たちが取材に行くと必ずゴザや椅子を用意してくれて、「外は暑いから、家の中に入りなさい」と招き入れてくれた、とても優しい人たちだった。
そういう市井の人々が心穏やかに希望を持って生きられるようになるには、あとどのくらいかかるのだろうか。

(取材:フジテレビ アナウンサー 山中章子)

(取材報告はこちらから
【第一弾】ロヒンギャ難民を受け入れるバングラデシュ国民の“懐の深さ”と現実
【第二弾】難民キャンプではスマホで薪を管理!? 砂嵐の中に生きる70万人のロヒンギャの実態
【第三弾】「子供が象に殺された」キャンプにたどり着いても安心できないロヒンギャ
【第四弾】ミャンマー軍に両親を殺された! 少女が吐露したロヒンギャの現実 
【第五弾】番号と写真で管理され、子どもを隠したロヒンギャの人々
【第六弾】自らを「埃のような小さな人間」というロヒンギャの心遣いに、私たちは涙した  )

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