米朝首脳会談:金委員長専用機“エアフォース・ウン”は? 謎の旅客機飛行ルート

能勢伸之
ワールド

  • 6月9日、世界を駆け巡った“奇妙な旅客機の飛行ルート”情報
  • 金正恩委員長の通信の機密確保。シンガポール往復飛行ルートは決定か
  • トランプ大統領は、金委員長との長い会談と長旅をさせることを望んでいる?

深夜に謎の平壌ーシンガポール便情報

米朝首脳会談を控えた6月9日、奇妙な民間機の情報が世界を駆け巡った。民間機には空中衝突を防止するため、位置情報を電波で知らせ合う装置の搭載が、ICAO(国際民間航空機関)によって事実上、義務付けられているが、その電波を受信することで飛行中の民間機の位置を表示するインターネットサイトがある。

万が一の民間機事故の場合、その飛行機が事故直前までどこを飛んでいたのかがおおよそ分かる。そのサイトの一つが、8日深夜に平壌を離陸し、9日朝にシンガポールに着陸した旅客機の動きを示したのだ。表示された情報によれば、この旅客機は北朝鮮のものではない。別の国の国策企業のものだ。

平壌国際空港(順安空港)を離陸した、この旅客機は、西北西に飛行し、中国・遼寧省の上空に入り、北上して、沈阳市を西に横切り、北京の北を通って南下。中国内陸部を通って、海南島上空を通って南下。ベトナムの沿岸部を通過して、シンガポールに到着したというのだ。

東シナ海や渤海、太平洋を避け、南シナ海上空で、どうしても洋上を飛ばなければならない場合も、出来るだけ陸地が近い飛行ルートをとる。しかも、その大半が中国領空だ。この情報の真偽は不明だが、本当なら、いったい誰を運んだのか。そしてなぜ、こんなコースを飛んだのか、気になるところだ。米軍や豪軍の軍用機が、ほとんど近づけないコースだからだ。 

リベットジョイント(提供:いらぶちゃーさん)

逆に、平壌から東シナ海や太平洋を通って、シンガポールに向かう飛行ルートを北朝鮮の要人が使ったなら、どうなっただろうか。その要人が、本国と行う機内からの通信は、沖縄・嘉手納基地を拠点とする米軍の通信傍受用電子偵察機、リベットジョイントやアリーズIIの電波傍受の標的になりかねないだろう。

EP-3EアリーズⅡ

まして、その要人が金正恩委員長ならなおさらだ。周波数帯はもとより、通信手段、相互の確認手段等、気になることはたくさんある。

一般論だが、一国の首脳が、本国から遠いところに、長時間飛行せざるをえない場合を視野に、各国は、首脳が移動に使用する航空機にかなりの工夫をしている。その一つは、通信の機密を確保すること。

6月8日、9日、カナダ・ケベック州で開かれたG7シャルルボワ・サミットで、英国のメア首相は、機体に、堂々と「Royal Air Force」とペイントされた英空軍のA330MRTTボイジャーKC.2VVIP型機を使用した。これは、A330MRTTボイジャーKC.2空中給油機を「Very VIP=VVIP」用の仕様にしたもの。

英空軍A330MRTTボイジャーKC.2VVIP型機

機首の左右に小さな出っ張りがあるが航空軍事評論家の石川潤一氏によれば、「AAQ-24(V) LAIRCM(大型機赤外線対抗)システムを構成するAAR-54(V) PMAWS」とのこと。つまり、ミサイルの接近を知らせる警報装置だ。

もともと、軍用機なので、防御システムや軍用通信装置や軍用データリンクの装置は、そもそも装備されていただろう。英戦闘機の護衛を受ける場合も、VVIPそのものが、空中給油機なら、長距離護衛にも適しているのかもしれない。

通信の機密確保:北朝鮮の場合

北朝鮮側も金正恩委員長がシンガポールに向かう航空機が東シナ海、太平洋側を通っては、米軍に通信を傍受されかねないと考えているのかもしれない。だからこそ、邪推かもしれないが、中国領空を大半とする飛行ルートを試したのかもしれない。

一般論だが、近年、長距離を飛ぶ旅客機でインターネットサービスやスマホの使用が飛行中も可能になるサービスがあるが、洋上を飛んでいる場合は、通信衛星に依存せざるをえない。この場合は、電波傍受のチャンスは大きいかもしれない。

しかし、例えば、米国内では、飛行中の航空機から地上に連接するサービスもあるという。中国国内で、飛行中の航空機が衛星ではなく、地上と連接することが出来れば、他国の電子偵察機が通信を傍受することは難しくなるのかもしれない。

チャムメ(ハヤブサ)1号(IL-62M改造機)

金正恩委員長のシンガポール往復は、専用機チャムメ(ハヤブサ)1号(IL-62M改造機)を使うのかどうか分からない。韓国では、金正恩委員長が第三国の航空機でシンガポール入りする可能性も報じられている。

だが、いずれにせよ、9日に平壌からシンガポールまで、飛んだとされる旅客機の飛行コースで、金正恩委員長がシンガポールに向かうのなら、それは、北朝鮮側が、通信傍受の可能性も視野に入れての行動かもしれない。では、米国側は、どうするのだろうか。

6月7日、訪米した安倍首相に12日の米朝首脳会談で、拉致問題を取り上げることを確約したトランプ米大統領は、会談後の記者会見で、会談が上首尾だったら、金正恩委員長を米国に招待するのか、と尋ねられ、「答えはイエスだ。 だが、うまくいくなら確かにそうだ。 私はそれがうまく受け入れられると思う。 彼は招待をとても好意的に見ると思う。 だから私はそうなる可能性があると思う」と答えた。

そして、招待先は、ホワイトハウスか、トランプ大統領の別荘マー・ア・ラゴかと尋ねられ「たぶん、ホワイトハウスから始めるだろう」と答えている。まだ、シンガポールでの首脳会談が行われていないのに、その次の会談について語ったのだ。

トランプ大統領が欲しいのは、金正恩委員長の時間?

金正恩委員長が、トランプ大統領の招待を受ければ、平壌からワシントンDCまで、太平洋上で長時間の飛行となるだろう。その間の通信の機密を北朝鮮はどうやって確保するだろうか。

安倍首相との会談後の記者会見で、トランプ大統領は、シンガポールでの会談について「核が常に第一だ」「私は席を立って出ていく用意がある」と言いつつ「たぶん、それはなく、そうならないことを願っている」と述べた。

また、トランプ大統領は、5月25日、シンガポールでの会談について、ツイッターに「必要なら、延長されるかもしれない」と書き込み、安倍首相との会見でも会談が1回では終わらない可能性について言及している。つまり、6月12日の首脳会談について、そのまま、長い話し合いになっても厭わないことを示していたのだ。

米朝首脳会談で、トランプ大統領は核・ミサイルだけでなく、拉致問題を扱うことをトランプ大統領は、安倍首相に約束した。拉致問題もまた、トランプ政権にとっては、金正恩委員長に、威信を掛けて突き付けるべき課題となるのかもしれない。

シンガポールでの会談が長引くなら、金正恩委員長は、どうやって、北朝鮮の党や政府、軍の幹部との通信の機密を確保するだろうか。

米朝首脳会談は会談そのものだけでなく、北朝鮮最高指導者、金正恩委員長の移動に伴って発生する諸々の事象が興味深い。

「能勢伸之の週刊安全保障」(6月9日配信)

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