モリ・カケ問題も注視するプーチン政権


4月下旬、プーチン政権のある幹部は、議員交流でロシアのサンクトペテルブルクを訪問した自民党の二階幹事長にこう切り出したという。

「安倍政権は持つのか?」

「モリ・カケ問題」で安倍内閣の支持率が低迷する状況下で飛び出したこの発言。

プーチン政権は、安倍政権との間で本当に日露交渉を進めていいのか“見極めて"いたのである。

これに対する二階幹事長の返答は「私がいる限り大丈夫」だったという。

ロシア事情に詳しい政府関係者は「ロシアは常に安倍政権の支持率を含め、日本の国内事情を見ています。なので、支持率が低迷すると、同時に日露の協議のペースが落ちるんです。当然、秋に行われる総裁選も気にしています」と話す。

つまり、来たる自民党総裁選が終わらない限り、日露交渉の前進はないという見方もできることになる。

いずれにしてもロシア側は安倍政権の動きを注視し、内閣支持率さえも交渉の材料にしてくるのだ。その日露外交の裏側を取材すると、プーチン政権のしたたかさが浮き彫りになってくる。

 

したたか外交のロシア・プーチン大統領
したたか外交のロシア・プーチン大統領
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ロシアも注視する課長の“セクハラ更迭”


「当然、ロシアも知っていますよ」

政府関係者がこう話すのは、6月5日、定職9か月という懲戒処分が発表された外務省の毛利忠敦ロシア課長の更迭についてだ。

セクハラ行為を受けた処分とされるが、北方領土問題を含む日露交渉を最前線で取りしきって来た幹部外交官の更迭は「今後の日露交渉に影響がないとは言えない」というのが政府の見方だ。ロシアにとって、交渉で強気に出る材料になる可能性もある。

ただでさえ、4期目のプーチン政権は5月7日に発足したばかりだ。

今後6年の任期を考えれば、領土問題を含む日露交渉について、ロシア側は“急ぐ話ではない”というのが本音だ。

 

目の当たりにしたプーチン氏の戦略的遅刻

通算21回目の安倍・プーチン会談
通算21回目の安倍・プーチン会談


こうした余裕の表れなのか…5月26日にモスクワで行われた安倍―プーチンの通算21回目の日露首脳会談もプーチン大統領の計算された「遅刻」で始まった。

この日、安倍首相は午後4時に予定されたプーチン氏との首脳会談に向けて、モスクワのクレムリン(大統領府)近くのホテルで待機していた。

しかしロシア側は、突然、新たに任命した閣僚との会合を同じ時間に開催すると日本側に伝達。安倍総理はホテルの部屋で待機を迫られたのである。

 計算された遅刻により48分遅れで始まった首脳会談。

その最大の焦点は、日本政府が北方領土の返還に向けた一歩と位置付ける、4島での共同経済活動の進展だった。

 

「言わないで」 口止めされたウニ・イチゴ

北方領土での「ウニ養殖とイチゴ栽培」で交渉進展をアピールするはずが・・・
北方領土での「ウニ養殖とイチゴ栽培」で交渉進展をアピールするはずが・・・


実は首脳会談に向けた事務方による事前交渉で、北方領土での「ウニの養殖とイチゴの栽培」を共同事業化することで合意し、両首脳も合意内容を承知していた。このため私たち同行した記者団も当然、首脳会談後の共同会見で「ウニ・イチゴ」の合意が発表されると思っていた。

しかし、両首脳の共同会見で発表されたのは「北方領土の共同経済活動の事業化に向けた作業を加速し、7月か8月に民間調査団を派遣する」という内容だった。

「ウニ・イチゴ」という共同経済活動の具体的対象を言わずに、民間調査団派遣の言及にとどまるという、日本にとって何とも苦々しい内容だった。

真相は「合意はしているのだから、首脳会見での発表はやめてほしい…」というロシア側のお願いを日本が呑んだということだ。

この“ウニ・イチゴ隠し”にはロシア側のしたたかな戦略があった

“ウニ・イチゴ隠し”を泣く泣く呑んだ日本政府が分析した、ロシアの思惑は次の3点だ。

1)発表すると日本側の領土問題進展への期待値が上がってしまう

2)発表すると、日本は「合意したのにやっていないじゃないか!」と迫る民族だから面倒くさい

3)共同経済活動はロシアにとって優先度が低いため、ロシア国内で「ロシアにとっては成果ではない、領土を譲るな」という批判の声が上がることが予想される

こうした思惑を見てとった日本政府は「やることは決まっているわけだし、ロシアが嫌がっていることを無理やり言う必要はない」と‘ウニ・イチゴ隠し‘に応じたのである。

こう見ると日本がロシアに“折れた”と見えるが、そこは外交交渉、日本がロシアに貸しを作ったという見方もできる。

 

安倍・プーチン蜜月でも見通せない領土交渉の行方

 
 


一方で、今回の4日間にわたるロシア訪問で、安倍首相がプーチン大統領と共に過ごした時間は9時間40分にのぼった。

ともに訪れたボリショイ劇場でのイベントの合間にも両首脳は北朝鮮問題の話をしたという。

政府関係者は「年に2回もロシアを訪問してプーチン大統領と会談するのは安倍首相だからこそだ」と話す。

その一方、プーチン政権は、安倍首相が秋の総裁選で再選するかどうか、再び見極めの状態に入った。

安倍首相は9月に再びロシアを訪問しプーチン大統領と通算22回目の首脳会談を行う予定だが、今回、低調に終わった領土問題に進展はあるのか。

3か月後の国内外の情勢次第でロシアの戦略も変わるだけに、その行方を見通すのは極めて難しいと言わざるをえない状況だ。

 

(政治部 官邸担当 千田淳一)

 
 

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。