難民キャンプではスマホで薪を管理!? 砂嵐の中に生きる70万人のロヒンギャの実態【山中章子アナウンサー】

山中章子
カテゴリ:ワールド

  • 難民キャンプは自然保護区を切り開いて作られた
  • 砂をかぶった家々がどこまでも続くキャンプ
  • まさかの最新技術に遭遇

コックスバザールの喧騒

三日月型の漁船が早朝に漁に出る

難民キャンプへはコックスバザールの空港から車で1時間半ほど。
ベンガル湾に面した海沿いを走る車窓からは三日月型の漁船がいくつも見え、ところどころに観光客とおぼしき人の姿も見て取れた。
内陸側に車を進めると、多くの木々や水田などがあり、緑豊かな景色に変わった。

キャンプに向かう途中の水田 

ダッカ取材の中で、現地の交通渋滞にはだいぶ慣れたつもりだったが、コックスバザールでも朝晩の通勤・通学時間帯は大渋滞で、クラクションが鳴り響き、追い抜き運転、逆走、なんでもありのカオス状態。

毎日大渋滞

また難民キャンプに物資を運ぶNGOや国連機関などのトラックもたくさん走っていて、そこにリキシャやCNG(三輪車)、トムトム(三輪オートバイ)なども入り乱れるという喧騒の中、その後2週間、ホテルと難民キャンプを何度も往復することとなった。

キャンプを目の当たりにすると

初めてキャンプに入った日はとても風の強い日で、強風が吹き荒れ、砂ぼこりというより、砂の嵐で、車の中にいてもむせてしまうくらいだった。視界はゼロ。茶色い砂嵐の中、舗装されていないアップダウンの激しい山肌を、うなるようなエンジン音を響かせながらキャンプの中を走っていく。

見渡す限り掘っ建て小屋のような家が続く

高台に着き、車から降りると、砂を大量にかぶり茶色くなった屋根が、見渡す限り続いていた。

不謹慎かもしれないが、砂の王国というか、どこか別世界に来たように感じる。
竹を格子状に組み合わせたものとビニルシートを屋根や壁代わりにした、吹けば飛ぶような掘っ立て小屋に、70万人以上のロヒンギャたちが肩寄せ合って暮らしているのだ。

元々は自然保護区として20~30年かけて育てた木々を、ロヒンギャの人々の為にバングラデシュ軍が伐採し、このキャンプを作ったという。切り開かれた土地に建てられた家は、傾斜に合わせて傾いているものが多く、ビニルシートが劣化したり、破れたりして、家の中が丸見えになっているものも見かける。昔の長屋のような造りの集落もある。

どの家も、扉は竹や布でできた簡易的なもので、プライバシーもなにも、あったものではない。
細い路地からは灰色に濁った生活排水が垂れ流され、池や川のようになっているところもあり、水面を漂う無数の虫が風に揺られていた。

ビニールシートがはためく音が響く 家の中は暑くて暗い

現在、12平方キロメートルの土地を切り開いて、12のキャンプができているという。
そのうち公式の難民キャンプは2ヶ所、それ以外は一時避難先や、去年8月25日以降に新たに作られたものだ。

前記事(ロヒンギャ難民を受け入れるバングラデシュ国民の“懐の深さ”と現実)でも書いた通り、今回で5回目の流入なので、その前にバングラデシュに来たオールドロヒンギャたちが住んでいたのが、公式のキャンプということだ。
ただ、ロヒンギャたちがどんどん増えたため、キャンプが拡張していき、いくつかがくっついてメガキャンプとなっているところもある。

キャンプの中での過ごし方

右側の男性がマジ 

キャンプ内を歩くと、土嚢を積んだ階段や、急ごしらえの木製の橋などがあり、工事現場のようにも見えた。

奥の方ではブロック名が書かれた旗がたなびいていて、キャンプではブロックごとにロヒンギャの中でリーダーを決め、その上でバングラデシュ軍が管理しているという。そのリーダーは「マジ」というそうだ。
ちなみに、どのキャンプも似たような作りなので、道に迷わないように、旗は目印にもなっている。

砂をかぶった太陽光パネル

屋根に小型の太陽光パネルがある家をいくつか見つけた。聞けば、これで携帯電話を充電していると言う。

ミャンマーでは携帯電話を使っているのが軍に見つかると、暴力を振るわれたり、お金を払わなければいけなかったりしたため、こっそり隠し持っていたらしい。中には携帯電話を土の中に隠していたという人もいた。

家族や知り合いと連絡をとるために、携帯電話はなくてはならないだろう。
そしてその充電のために、文字どおり命がけで太陽光パネルを持って逃げて来たという。

奥からは支援物資を頭にのせて運ぶ人

通りにはたくさんの人が行き交っていた。
男性は襟付きのシャツやTシャツに、ルンギと呼ばれるスカートのような布を腰に巻いている。
一方女性は、男性に肌を晒さないようにと、スカーフやブルカをまとっている人も多い。

正直、大人はそれなりに小綺麗な服を着ているように見えた。取材中、ロヒンギャの男性から500円玉を見せられたことがあった。
支援物資の服のポケットから出て来たという。

私たちは現地通貨に両替をしてあげたのだが、日本も含め、世界中から衣類などの支援が来ていると実感する出来事だった。

トルコの医療施設

現在世界100団体以上のNGOから、総額86億円ほどの支援がすでにあったそうだ。
実際キャンプ内を歩いていても、様々な国旗や、国連機関のマークを目にする。特に、インドネシアやトルコといったイスラム圏の支援施設が多くあり、やはり同じイスラムとして見過ごせない気持ちになっているのだろうと想像する。

特にトルコは立派なテントの医療施設を構えていて、多くの人が利用していた。
ただこれだけ支援の手が差し伸べられていても、十分には行き渡っていないほど、ロヒンギャの数は多い。

ロヒンギャの人々の暮らし

UNHCRの薪の配給

キャンプでロヒンギャたちはどのように暮らしているのだろうか。
原則として、ロヒンギャはキャンプの外に出ることはできない。そして働くこともできない。
食料や、料理する際の薪や炭、家を建てるための竹などは、月に一度程度の配給でもらう。

バーコードをピッとやると、いつ何をどれくらいもらったかわかるようになっている

ロヒンギャたちは一人一枚ずつ、IDカードのような自分の名前、年齢、両親の名前などが書かれているものを持っている。それを元に一世帯に何人住んでいるか支援団体などが把握し、配給品の量などを決めているようだ。

だが、このIDカードに記載された情報もいい加減で、本当にこれで管理できているのか心配になる。配給はイスラム教徒ということもあり、男女別で配られていた。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の薪の配給を見に行くと、何やらスタッフがスマホを使っている。
なんと、バーコードと指紋で管理しているというのだ!
いつ、何を、どれだけもらったか、受け取る側も配る側も、明確にわかるようになっている。
これならミスも防げるし、嘘もつけないし、双方にとって安心だ。

こんなハイテクな配給方法だなんて!
21世紀の難民とはこういうものなのかと、心底驚いた。
と同時に、最新技術と薪、という奇妙なコントラストに、複雑な気持ちになってしまった。

(執筆:フジテレビ アナウンサー 山中章子)

(取材報告はこちらから
【第一弾】ロヒンギャ難民を受け入れるバングラデシュ国民の“懐の深さ”と現実
【第二弾】難民キャンプではスマホで薪を管理!? 砂嵐の中に生きる70万人のロヒンギャの実態
【第三弾】「子供が象に殺された」キャンプにたどり着いても安心できないロヒンギャ
【第四弾】ミャンマー軍に両親を殺された! 少女が吐露したロヒンギャの現実 
【第五弾】番号と写真で管理され、子どもを隠したロヒンギャの人々
【第六弾】自らを「埃のような小さな人間」というロヒンギャの心遣いに、私たちは涙した  )


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