世界的大富豪を呼び込め! 1回寄港で4000万円消費の”スーパーヨット”が地方創生の救世主に

カテゴリ:国内

  • SFの世界から飛び出してきたかのような「ヨット」が日本各地に寄港中
  • 船のオーナーは世界的な億万長者だが、「成功への道のり」はちょっと意外
  • 世界的超富裕層のクルーザー招致は「地方創生」の切り札になる可能性もある

イージス艦?宇宙戦艦?その正体は・・・

写真:FNN取材センター

「外国の軍艦のような船が泊まっているが何事か?」
「見たことのない船がいる」

今、各地の海上保安本部などに問い合わせが相次いでいるのが、上の写真の船。
この写真は、先月中旬に横浜の新港埠頭で捉えたもの
まるでSFの世界から飛び出してきたかのような近未来的なフォルムだが、防衛省担当の私には、レーダーに映りにくいステルス性を備えた海上自衛隊のイージス護衛艦のようにも見える。

写真:FNN取材センター

船尾の写真で微かに捉えた国旗の通り、船籍は太平洋のド真ん中に浮かぶ島嶼国家「マーシャル諸島」である。
公開されている情報などによれば、この船は全長118メートル、全幅18メートル、総トン数5959トンと、堂々たる威容を誇る。

さすがにイージス艦には及ばないとはいえ、乗員約120人の海上自衛隊最小の護衛艦「あぶくま」型と同クラス。
何より驚くべきは、洋上に浮かぶこの近未来的なフォルムの船が公船や旅客船ではなく、「個人所有の“ヨット”」であることだ。

FNNの取材では、この“ヨット”は、甲板にはヘリポートを備え、10人少々の旅客定員のために約40人のスタッフが同乗し、操船から給仕やメンテナンスまで担っていることがわかっている。

護衛艦「あぶくま」 -海上自衛隊HPよりー

オーナー”ロシアの億万長者”の意外なる成功への道

船の名は『ヨット“A”』。
ロシアの大富豪アレクサンドル・メリニチェンコ氏が所有している。
経済誌『フォーブス』ロシア版の報道などによれば、メリニチェンコ氏はソ連時代のベラルーシで生まれ、ロシア最高峰の国立モスクワ大学で物理学を学んでいた1990年代初頭、大学内で「外貨両替所」の運営を始めた。

「学生が大学構内でビジネス展開?」と驚かれるかもしれないが、当時のロシアは「何でもあり」だった。
同時代にモスクワ大学で学んだ私も、学生が経営していた「ネット回線業者」に、寮の自室への回線新設を相談したことがある。
ソ連崩壊前後の混乱期、若い頭脳集団の誰もが新時代で成り上がるチャンスをうかがっていた。

物理学を学んでいたメリニチェンコ氏も、そんな一人だったと言えよう。
学内での両替所運営を、銀行の設立と経営に発展させたのを皮切りに、現在は欧州3大肥料メーカーの1つをはじめエネルギー産業など複数のロシアの大企業グループを実質的に所有し、46歳の若さにして総資産は155億ドル(約1兆7千億円)に上る

 ロシアン・ドリームを掴んだ大富豪が、36歳だった2008年に、約330億円をかけて完成させ、自らと妻の名のイニシャルを冠した船が、この「ヨット“A”」である。進水から10年、今回初めて日本に姿を見せた。

世界をクルーズしながらビジネスを展開し、「ヨットに住んでいる」とも言われるメリニチェンコ氏は、この来日中にもヨットからプライベートジェット機に乗り換えてアジア各地を飛び回っていることが、FNNの取材でわかっている。

そして、ヨット自体は4月10日に大阪への寄港で初来日を果たして以降、鳥羽や横浜をはじめ日本の各地を周遊し、まるで「黒船」のごとく人々の注目を集めている。

“黒船来航”をインバウンド戦略の切り札に

一方、「ヨット“A”」の今回の来日を、港湾関係者もまた「黒船」と捉えて注目している。
世界的な超富裕層に向け、日本が「開国」するチャンスだという見方だ。

安倍政権は、2017年3月、「観光立国推進基本計画」を閣議決定し、訪日外国人による日本での消費需要を経済成長に取り込む、いわゆる「インバウンド戦略」を推進している。

船の世界で最近耳にするのは、主に香港や中国から訪れる大型クルーズ船だ。
国土交通省が今年1月に発表した速報値によると、2017年の訪日クルーズ船は前年比37.1%増の2765回、旅客数は27.2%増の253.3万人に上り、「目標は2020年に訪日クルーズ旅客500万人」と政府の鼻息も荒い。

大型クルーズ船 コスタ・セレーナ号

大型クルーズ船寄港で恩恵受けない都市も

しかし、大型クルーズ船の招致にも課題はある。

第一に、寄港先が九州や沖縄などの西日本に偏っている
2017年で言えば、外国の船会社が運行するクルーズ船の日本での寄港先1位は博多で326回、2位は長崎で267回、3位は那覇で224回。
上位10位までに東日本の港は横浜の178回だけである。
クルーズ船の大半が中国人観光客を頼りにしているという背景がある。

第二に、大型クルーズ船が寄港できるのは大きな港のある都市に限られる。
安倍首相は「観光政策は地方創生の切り札」と強調するが、大型クルーズ船だけではインバウンドの恩恵を地方の隅々まで行き渡らせるのは難しい。

第三に、大型のクルーズ船が寄港する都市でも、実はそれほど恩恵を受けていないという現状がある。
クルーズ船が寄港したとある島では、乗客に買い占められて医薬品が不足するなど、住民の生活に影響を与える事態すら発生している。
一方で、多くの寄港地では、クルーズ船の寄港に合わせ岸壁には数十台の大型バスが輸出待ちの車列のごとく整然と並ぶが、旅客は近郊のアウトレットや有名観光地に直行し、港の地元に立ち寄ることはあまりない。

観光にも体験にも『最高』を求める”超富裕層”の経済効果

他方、こうした大型訪日クルーズ船の「隙間」を埋めて地方創生に寄与する可能性を秘めているのが、「ヨット“A”」のような「スーパーヨット」と呼ばれるクラスだ。
「スーパーヨット」の定義は法的あるいは国際的に定められてはいないが、超富裕層向けの概ね全長30メートルを超えるプライベートクルーザーを指す。
その数は全世界で6000〜1万隻と言われている。

3年ほど前から「スーパーヨット」の招致活動と受け入れ態勢の研究に力を入れている一般財団法人みなと総合研究財団顧問の金田孝之さんは、「スーパーヨットを招き、日本に新たなマーケットを作りたい」と意気込む。

スーパーヨットは、概ね3ヶ月から1年半ほどかけて日本各地を巡る。
日本滞在期間は大型クルーズ船より圧倒的に長く、その長い滞在中に、庶民には想像もつかない消費行動をとる。

金田さんは、「旅客はせいぜい10数人しか乗っていない世界的な超富裕層のスーパーヨットが1隻寄港しただけで、1000人乗りの大型クルーズ船が1隻寄港するほどの経済効果が見込める」という。

国土交通省によると、大型クルーズ船の寄港地における経済効果は旅客1人あたり3〜4万円。
1000人が乗ったクルーズ船なら、1回の寄港で経済効果は約4000万円になる。これと同レベルの経済効果がスーパーヨット1隻で見込めるというのだ。

「スーパーヨットで世界各地をクルージングしている超富裕層は、観光にも体験にも積載する食材にも、とにかく『最高』を求めます」と金田さんは言う。
例えば、クルーズ中の食材としてブランド和牛を数百キロ買い付けたり、甲板のヘリポートから都心部や空港に直行することも珍しくないという。こうした“億万長者ならでは”の消費が、大型クルーズ船に匹敵する経済効果を生み出している。

 「スーパーヨットは、大型クルーズ船の恩恵を受けられないような全国の地方都市にも、直接インバウンドの経済効果をもたらす可能性を秘めている。だからこそ、大型クルーズ船とスーパーヨット、どちらも促進することが大切なのです」。

超富裕層にオススメしたい「北陸」と「瀬戸内」

金田さんは、北陸地方や瀬戸内海に面した各地、沖縄の宮古島などへのスーパーヨットの寄港に期待を寄せている。

「古都金沢には、『ランチで30万円』といった、超富裕層のニーズに適う超高級料亭もあるし、なにより港から都市部までも近い。富山湾からは3000メートル級の立山連峰の絶景を見上げることができますが、まるで欧州のアルプスの山々を海から眺めるような体験は、世界中でも富山でしか味わえない。
瀬戸内海は交通量が多い上、狭い海峡もあって大型クルーズ船が乗り入れるのは極めて困難ですが、スーパーヨットなら気ままに航行できる。海から眺める瀬戸内の島々の美しさは、地中海を知り尽くしたスーパーヨットのオーナーをも虜にするに十分。
また、宮古島の隣には民間航空機の訓練用滑走路の島として知られる下地島がありますが、プライバシーの確保を非常に重視するスーパーヨットのオーナーには、もってこいの立地です」

実際、今回来日した「ヨット“A”」が大阪・横浜・神戸・博多といった大都市圏だけでなく、尼崎・姫路・玉野・福山・尾道・伯方島・詫間・宮島など、瀬戸内地方の各地を周遊していることがAIS=船舶自動識別装置の情報によって確認できた。果たしてロシアの若き大富豪は、美しい瀬戸内の海と島々を気に入ってくれただろうか。

課題は「言葉の壁」と「ソフト面」

地中海に停泊するスーパーヨット

良いこと尽くめに見えるスーパーヨット招致だが、課題もある。
金田さんによれば、最大の課題は「言葉の壁」と「運営ノウハウ」だという。

「地中海やカリブ海などスーパーヨットの寄港先に比べて、日本は英語の通じる環境が整っていません。また、日本へ寄港したオーナーが少ないので、世界各地のオーナーに向けた口コミでの情報拡散も少ない。
日本の港湾関係者もスーパーヨットを受け入れた経験に乏しく、超富裕層のオーナーが何を求めるのか、どうもてなせば喜ばれるか、実はノウハウがほとんどないんです」

港湾インフラの新設や改修といったハード面の整備は必要なくとも、旅の満足度を上げるために必須のサービス体制や人材確保といったソフト面の整備はほとんど出来ていないのが日本の現状だという。

インドネシアには年間約200隻のスーパーヨットが寄港するのに対し、日本に寄港したスーパーヨットはこの1年で6隻に過ぎない。
「今は、とにかくノウハウを集めている段階。まずは超富裕層のニーズを掴むことが大切。今回の『ヨット“A”』がどこに寄港して、オーナーはどこの何が気に入ったのか。改善すべき点は何かを勉強していきたい。同時に、世界中のスーパーヨットのオーナーに、日本の地方都市を巡るクルーズの魅力を知ってもらう活動に力を入れていきます」

金田さんは、最短で5年後に年間100隻の寄港を実現する態勢の構築を目指している。

「東京2020」後を見据えて

2020年東京オリンピック・パラリンピックの一般向け五輪開会式入場券は最高28万8000円とも言われている。
庶民には高嶺の花の最高額チケットを買い占めることも容易い富裕層のスーパーヨットが、2020年夏、東京に押し寄せるかもしれない。

さて、受け入れ態勢は整うのだろうか。

金田さんに尋ねると、「それは正直難しい。貨物船や客船で常に混み合っている横浜にはスーパーヨットを受け入れられる岸壁は5〜6しかありません。東京湾内を合わせても20〜30程度」という。

現在、スーパーヨット受け入れの研究は、金田さんが所属する財団に加え、船舶代理店や港湾関係企業などの民間有志と、横浜など一部の地方自治体の熱意によるところが大きい。
スーパーヨットが、大型クルーズ船の隙間を埋める可能性を秘めていることは行政の担当部局も認識しているようだが、スーパーヨットの招致に政府が大型クルーズ船対応並みに本腰を入れて取り組んでいるようには見えず、東京五輪を前にした今となっては、むしろ「後手に回った」感が否めない。

東京オリンピック・パラリンピック後も見据え、官民一体となってスーパーヨット招致という「地方創生の芽」を育んでいくことに期待したい。

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(執筆:フジテレビ 政治部 防衛省担当 古山倫範 )
(参考サイト:「フォーブス」ロシア版の長者番付


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