ロヒンギャ難民を受け入れるバングラデシュ国民の“懐の深さ”と現実

山中章子
ワールド

  • ロヒンギャとは、ミャンマーで迫害を受けているイスラム系少数民族 
  • バングラデシュに避難しているロヒンギャは合計120万人 
  • バングラデシュ人はいつかはミャンマーに帰ってほしいと思っている

今年のFNSチャリティキャンペーンは、緊急支援としてバングラデシュにあるロヒンギャの難民キャンプを取材した。
私にとって3回目のチャリティ取材。
17日間の取材中に沸き起こった様々な感情を言葉で表すのは本当に難しいと感じつつ、今回は第一弾としてキャンプに行く前に取材したバングラデシュの首都ダッカ編を報告する。

ミャンマー軍による掃討作戦で70万人のロヒンギャが避難

「ロヒンギャ」というのはミャンマーで迫害を受けて各国に避難してきたイスラム系少数民族のことだ。
人口の9割が仏教徒である多民族国家ミャンマーにおいて、歴史的な背景もあり、仏教徒ではないロヒンギャの人々は長年差別を受けて来た。

1982年からは国籍も与えられておらず、移動の自由や、教育を受ける権利、選挙権など様々な自由や権利を段階的に奪われて来たという。
ミャンマーでは「バングラデシュからの不法移民」と言われ、バングラデシュでは「ミャンマーに帰ってほしい」と言われ、どこにも属すことのできない無国籍の民だ。

実はバングラデシュへの大量流入は過去4回あり、今回は5回目。
過去との違いはその規模だ。
去年8月ロヒンギャの武装勢力とミャンマー軍との衝突があり、それをきっかけにミャンマー軍のロヒンギャに対する掃討作戦が決行された。村は無残に焼き尽くされ、1ヶ月に6700人もの命が奪われた。そのうち5歳未満の子どもたちは 700人以上だという。

命からがら国境のナフ川を超えて

ミャンマーとバングラディシュの国境を流れるナフ川 手前がバングラデシュ

ロヒンギャたちは、その激しい迫害から逃れるため、およそ70万人という今までにない規模で隣国バングラデシュに避難してきたのだ。ミャンマーとバングラデシュの国 境にはナフ川という川が流れている。
そこを手作りの筏で渡ってくる者、山を登ってくる者、川から海に出て、ベンガル湾から来る者。
みなさまざまなルートで命からがら逃げてきた。
その険しい道中で、命を落とした者も数多くいるという。

鼻や口を覆いたくなるほどのダッカ市内

車も人もいっぱい 排気ガスで空気がよどむダッカ市内 

3月8日。バンコク経由で首都ダッカに到着。思わず鼻や口を覆いたくなるくらいの排気ガスとそこら中で鳴り響くクラクションの音に迎えられた私たちは、翌日からスターモスクや、マーケット、ダッカ大学などでインタビューをした。

カメラを向けるとたくさんの人が集まってく る。
そして誰に話を聞いてもみなきちんと答えてくれる。
だが、首都に住むバングラデシュ人の中で、ロヒンギャの知り合いがいる人には一人も会えなかった。 

バングラデシュ一国ではこの問題を解決できない

彼らは、ロヒンギャの人々の置かれている状況、受けた迫害などに同情的で、衣食住などの支援はすべき、そしてそれは同じイスラム教徒だからという意見がある一方で、人として困っている人を助けてあげたいからだと訴える人も少なくない。
ただバングラデシュ自体も豊かな国ではなく、バングラデシュ一国だけではこの問題を解決できないから、日本も含め各国からの支援が必要という人が大半だった。
そして安全が保障されればミャンマーに帰るべきだと答えた人がほとんどであった。

ミャンマー政府への圧力や働きかけが必要

偶然、言語運動の取材(バングラデシュは母国語であるベンガル語を守るためにパキスタンから独立した国で、その運動の中心になったのがダッカ大学の学生や教授たちだった)でダッカ大学に来ていた地元のテレビ局のクルーにも話を聞く機会を得た。

去年8月25日以降、ロヒンギャ関連のニュースをたくさん報じてきたといい、国内の世論としては、かわいそう、助けてあげたいという人が多数を占めると話していた。
ただ実際に彼らをずっと養っていくのは無理があるから、彼らが安全に帰還しミャンマー国籍を取得するためには、ミャンマー政府への圧力や働きかけが必要だと語った。

言語を守るために武器を持って立ち上がる姿を表した言語運動の記念碑

学生たちはこの現実をどう受け止めているのか

難民キャンプがあるコックスバザールは、全長120キロの世界最長のビーチで有名な国内随一のリゾート地でもある。

ダッカ大学の女子学生の中には、多くの難民が来たことでイメージダウンにもつながり、バングラデシュへの経済的なダメージも心配だと話す人もいた。
実際、友達と一緒にコックスバザールに遊びに行こうと計画したが、難民キャンプがたくさんできて景観も悪くなってきているし、治安も心配だからやめた、とのことだった。
実際には難民キャンプとビーチはかなり離れていて、小高い山も間にあるため、海からキャンプが直接見えるわけではない。

ダッカ大学の女性大生とその友人にインタビュー

「100万人増えても大きな影響はない」という懐の深さ

バングラデシュは、日本の4割ほどの面積に人口1億6000万人以上が住み、人口密度が高い上、 緑や山も少ない。

「国土を切り開いて難民キャンプを作ったことで、バングラデシュの大事な資源が失われてしまった」と心配する女子学生や、
「木々を切り倒してキャンプを作ったので、雨季やサイクロンが来たら土砂崩れが起き、感染症が流行ったり、二次災害が起きたりして大変なことになる、だから先のことを考えて今から植樹して地盤を強くするべきだ」と、環境への影響を具体的に語る学生の声も聞かれた。(植樹に関してはFAO:国連食糧農業機関が計画中)

彼らは「ロヒンギャ難民はいずれはミャンマーに帰ってほしい」と言いつつも、そんなにすぐ帰還できるとは思っていないという非常に現実的な考えも持ち合わせていた。

ちなみに、今回の70万人の避難民と、以前からバングラデシュに逃れて来たロヒンギャの人々も合わせたらおよそ120万人が国内にいるわけだが、バングラデシュ人の中には「100万人増えたところで、もともと人口が多い国だからたいして影響はない、誤差の範囲だ」という人もいた。
懐の深さを感じずにはいられない。

モスク近くではインタビューの際もスカーフを着用して取材

ダッカでの取材を終え、ついにコックスバザールへ向かう日がきた。
機内は、NGOや国連機関の職員と思しき人で満席だった。
1時間のフライト後、いよいよキャンプに向かう。
キャンプ報告は第2弾で。

ダッカからコックスバザールへ移動した飛行機

(執筆:フジテレビ アナウンサー 山中章子)

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