『昭和天皇物語』はなぜヒットしたか? 編集部に聞いた「天皇を漫画化」への挑戦

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  • 異例のヒットを記録した話題の漫画『昭和天皇物語』
  • 編集部「誰も漫画にしたことのない話をいかに面白く見せるか 」
  • 描きたいのは昭和天皇の「心情」と「孤独」

「漫画」で描く濃密な87年の生涯

皇太子さまが新天皇に即位され「平成」から新しい元号に変わるまで、5月1日でちょうど1年となった。

「昭和」がまたひとつ過去になろうとしている今、話題となっている作品がある。
激動の時代を生き抜いた昭和天皇の生涯を「漫画」で描いた『昭和天皇物語』だ。

2017 年10 月30 日に発売した第1巻は、6 回の重版を重ね、14 万5 千部を突破。
都内の書店では、異例のヒットを受けて、『昭和天皇物語』の特設コーナーが設けられている。

未来屋書店 碑文谷店(4月27日撮影)

出版不況が叫ばれる中で、いかにしてこのような爆発的なヒットとなったのか。
そして、なぜ「天皇」を題材にした漫画を作ろうと思ったのか。

『昭和天皇物語』(能條純一 原作:半藤一利 脚本:永福一成)を連載している小学館「ビッグコミックオリジナル」編集長の中熊一郎さん、担当編集の白石幹人さんに連載開始の経緯、作品に対する思いを聞いた。

「昭和天皇からみた昭和史」という視点

ーー連載第1回(2017年5月5日号)からおよそ1年が経ちましたが、その間、昨年8月8日には天皇陛下が退位の気持ちをほのめかすメッセージを表明されました。このタイミングでの連載についてどう思われますか?

中熊一郎(以下、中熊):
率直に言って、タイミングが良かったと思っています。
あらかじめこういう動きになるということをすべて勘案して、「昭和天皇の漫画をやろう」と言ったなら、その編集者は超天才です。偶然がいい方向に重なったと思います。

白石幹人(以下、白石):
昭和天皇の時代に物心ついていた人たちは、現在40歳くらい。そう考えると、国民の何割かにとって、昭和天皇は完全な「歴史上の人物」になると思います。
そういう意味では、フィクションの題材にしてもいい最速のタイミングで連載を始められたのではないかと思っています。


ーー原作は半藤利一著『昭和史』とのことですが、昭和天皇を題材に「漫画」を描こうと企画したきっかけは?


中熊:
半藤先生は、元文芸春秋の編集長で、「歴史探偵」ともいわれる有名な作家です。今から2,3年前に『昭和史』という作品を読んだら、「こんなにおもしろい本があるのか」というくらい非常におもしろかったんです。私たち漫画屋は、おもしろい本を見つけたら、「これ漫画にできないかな」と考える習性があるのですが、『昭和史』も漫画にできないものかと考えてました。

ただ、これを正直に漫画にしたら、収拾がつかない。どうしたものかと考えるうちに、「昭和天皇から見た昭和史」という視点だったらできるんじゃないかと思いつきました。そうすれば、主人公が「昭和天皇」とはっきりする。そして、昭和天皇が体験したこと、見聞きした事件を描いていけば、漫画になるなと。
半藤先生に会いに行って、「先生、『昭和史』を漫画にさせていただけませんか?昭和天皇を主人公に昭和史を斬る、という内容を考えています」とお願いをしたら、「おお、いいね。やってみたまえ!」と二つ返事で承諾をいただきました。

「宮内庁に連絡はしていない」

ーー原作の『昭和史』も、昭和天皇の目線で書かれているのですか?

中熊:
『昭和史』は、半藤先生が、政治・経済・文化・スポーツ・芸能などさまざまな角度から見た「昭和」をまとめた歴史本です。
これを漫画にするといっても、まず漫画に必要な主人公がいなかった。収録されているのは、すべて別のエピソードです。

――エピソードの中には、昭和天皇に関する記述も複数見つけられたのですか?

中熊:

やはり昭和天皇は、『昭和史』においてもキーパーソンですから、すべてに登場するわけではありませんが、政治の話には結構なウエイトを占めています。「重臣たちが陛下にお会いして、このような話をされた」とか、事件が起きた時には「陛下が憤慨された、心配された」といった記述があります。
この時代のさまざまな出来事に対して、こんなに喜怒哀楽というか、感情が動き言葉を発する人として目立つ人は、他にいない。主人公たりうる人物だと思いました。
 
――漫画でのエピソードは、すべて原作から抽出したもの?

中熊:『昭和史』が基本ベースにはありますが、それだけではありません。
『昭和史』に出てくる昭和天皇のエピソードだけでは、漫画のキャラクターとして動かすのは難しいので、複数の文献資料や当時の新聞などを読み込み、補強材料としました。

――完全な創作はないということ?

白石:
いや、そんなことはないです。事実として記述されていることについては、嘘はつけませんが、調べた上で書かれていないこと、例えば「1日学校で過ごされた」とあったとしても、学校で何をしていたかまでは書かれていない。「その日、学校でどのようなことが起きて、裕仁殿下(昭和天皇)がどのようなことを感じたか」という部分は、完全に創作です。

中熊:
すべての漫画に限らず、映画、ドラマもそうですよね。「行間を汲み取る」という、書かれていないことを「こうだったのでは」と膨らませていくことはあります。

ーー天皇を「漫画」にすることに対して、戸惑いはなかったですか? また、宮内庁からのリアクションなどはありましたか?

白石:
最初は、編集部内でも「宮内庁に連絡をしたほうがいいのではないか」という議論もありました。ですが、エンターテイメントとして見せているものであって、これによって歴史を学んでほしい、というものではないので、事実確認という話ではないという結論になりました。

中熊:
イギリス映画で『クイーン』という作品があるのですが、主演のヘレン・ミレンがエリザベス女王を演じて、女王とダイアナ妃の確執をテーマにしています。日本には皇室タブーのような風潮がありましたが、これを観た時、「イギリスでできるなら日本でもできるんじゃないか」と思いました。
『昭和史』を読んで「天皇陛下を主人公にしたらおもしろい!」という着想を得た時、この『クイーン』を観た時のことを思い出したんです。

リアクションは、残念なことに何もないですね。ある関係者の知人が、皇室関係者へ『昭和天皇物語』を渡したという話を聞きました。その関係者がどのような人かまではわかりませんが、ひょっとしたら陛下もご覧になっているかもしれませんね。

「文字のサイズを通常よりも大きくしている」

――漫画化にあたって、苦労した点は?

白石:
歴史物に限らず、原作物を漫画にするのは大変ですが、この主人公に関しては、世の中でまだ一般常識になっていない「幼少期からのおもしろいエピソード」が、たくさんあります。なので、話づくりの整合性を取るのに苦労するというよりも、誰も漫画にしたことのない話を「いかに面白く見せるか」ということが主眼にありました。

ただ、建物や服装など、絵にする際の参考資料が、国会図書館にしかないことが多かった。特に、皇室の内部を撮影した資料はないので、それをどう描くかという点は、漫画家の能條純一先生はかなりご苦労されていると思います。
逆に言うと、誰も見たことがないんだから、割り切って「きっとこうだろう」と描いている部分もあるかもしれません。

能條純一氏
細かな描写と迫力のある画風が特徴の漫画家。
代表作に、麻雀漫画『哭きの竜』や将棋を題材にした『月下の棋士』などがある。
『昭和天皇物語』では、メインストーリーを担う「総監督」のような立場。(編集部談)

ーー他の漫画作品に比べて、「台詞の文字が大きい」ように思いましたが?

白石:
私たち編集は、原稿をいただいた時に、雑誌の中でどう見えるかを最初に考えます。『昭和天皇物語』は、文字のサイズを通常よりも大きくしています。
通常だと18というサイズが一般的なのですが、『昭和天皇物語』は、22を基本としています。場合によっては、説明的な台詞を多少削ってでも文字の大きさを優先することもあります。
理由は、「読みやすさ」を重視しているから。雑誌をめくった時に、目に飛び込んできてほしいということと、歴史物と聞くとハードルが高いと感じる人もいると思うので、せめて入り口だけはやさしくというか。

中熊:
4コマ漫画などの淡々とした作風では、文字のサイズも一定なことが多いです。文字の大きさは、漫画の中では「声の大きさ」の表現でもあります。文字が小さいと、小声で話しているように感じるでしょう。『昭和天皇物語』に関しては、吹き出しに収まる限界まで大きくして、インパクトを持たせています。

『昭和天皇物語』 第1巻(右)、第2巻(左)

「現人神」から「象徴」へ…昭和天皇の孤独を描く

ーー幼少期からの具体的なエピソードを重ねていくことで、何を描きたい?

中熊:

天皇陛下は、日本神代から数多くいらっしゃいます。その中で昭和天皇を主人公に選んだのは、昭和天皇はいろいろな経験をした特殊な天皇だからです。
日本国を率いる日本軍トップの軍人として育てられた唯一の天皇で、第2次世界大戦に敗戦し、論理的に一度滅んだ日本国においても、国家元首だった歴史的に稀な人物です。他の歴史上の人物、天皇に比べて、波乱万丈すぎる人生だと言えるでしょう。
昭和天皇ご自身は、平和主義者で戦争が嫌いだったけれども、大日本帝国軍が戦争の方へ引っ張っていった。特にイギリスは、青年時代に外遊されていて、とても親しみを感じていた国です。そのイギリスと敵対関係になるというのは、どのような気持ちだったのだろうと。そういった、昭和天皇の心情を深く描くことが、この漫画の目的です。 

白石:
表現が難しいですが、昭和天皇は、人生の前半は「神」、後半は「人間」という立場だったと思います。地球誕生から何十億年の歴史において、ある日を境にこんなに大きく立場が変わった人は、他にいません。それが描けることが、まずドラマチックです。
その上、相談や愚痴を聞いてほしいから飲みに行こうとか、そういうことも許されない。だから、どれほど孤独だったのだろうということを能條先生とも話しました。1、2巻で東宮御学問所の学友たちと「僕は違う」のだということを自覚する場面があります。こういう経験が積み重なって、立場が大きくなっていくほど誰も自分と親しい口調で話してくれず、自分の意見を聞き入れられず、それでもその座を降りられない人生の孤独、苦しみ、辛さを表現できればと思っています。

ーーどんな人にこの作品を読んでほしい? また、作品を通して読者に伝えたいことは?

中熊:
日本国民のみなさんに(笑)人は選びません。批判してもらっても、賞賛してもらっても、どちらも大いに結構です。とにかく、読んでもらえば、おもしろいと思ってもらえるのではないかと考えています。 
何より、能條純一という漫画家の画力がすごいですよね。「劇画」のような圧倒的画力で昭和天皇を描くのだから、いい意味で「漫画らしくない」。真剣にこの登場人物たちに対峙していることが伝わります。
歴史上の人物を描いた作品は多いですが、織田信長とか徳川家康とか、どれも以前にも取り上げられた見知った話ばかりで飽きてしまう。
「日本の歴史の中に、こんな激動の人生を歩んだ人がいたんです。興味深くないですか、読んでみませんか」という気持ちだけです。

白石:
文献を調べていて思ったのが、若かりし頃の昭和天皇を題材にした読み物は、賞賛する内容のものが目立つということでした。一般の人が、昭和天皇の人柄のようなことを知る手がかりとなるような書物はあまりなかったのではないかと。『昭和天皇物語』に描かれていることは、すべてが事実ではないですが、単純に「ひとりの人間の話」という点に軸足を置いて描いています。天皇だからということではなく、「まだ語られたことがない稀有な人生を送ったおもしろい人」の話として、目を通してみてほしいです。読んでどう感じるかは人それぞれなので、「おもしろい人の伝記があるから読んでみてよ」というのが、素直な思いです。
担当の贔屓目もあるかもしれませんが、昭和天皇の人生は、織田信長や坂本龍馬のようなメジャーな歴史上の人物と比べても、同じくらいドラマチックなものだと思います。『昭和天皇物語』が、このままおもしろさをキープして続けられたら、本当に誰も見たことがないおもしろい作品になるのではないかと。

「天皇」の生涯を「漫画」という手法で描き、異例のヒットとなっている『昭和天皇物語』。実際に、読者から届くのは応援の声が多く、批判や抗議はほとんどないという。