骨折しても強行出場しフルスイング…“鉄人”衣笠祥雄さん(71) がんで死去

  • 連続試合出場の世界記録を更新し、国民栄誉賞を受賞
  • 肩甲骨骨折で、ドクターストップを振り切っての強行出場
  • 王貞治さん「外見はこわそうだけど心の優しい人」

広島東洋カープの伝説的プレイヤーで、“鉄人”の愛称で親しまれた衣笠祥雄さんが、上行結腸がんのため、71歳で亡くなったことが分かった。

2215試合連続出場中、肩甲骨が折れても強行出場

1987年 国民栄誉賞を受賞する衣笠祥雄さん(左)

衣笠さんは1965年に京都の平安高校からキャッチャーとして広島に入団。
1987年に、連続試合出場の世界記録を更新し、国民栄誉賞を受賞した衣笠さんは、引退するまで伸ばし続けた2215試合連続出場は、日本で歴代1位、世界でも2位の偉業となっている。持ち味の豪快なフルスイングでホームランを量産し、通算504本の本塁打を記録し、球史に残る成績を残した。

また、“鉄人”の異名をとる強靭な肉体で知られ、今なお伝説として語り継がれているのが、1979年8月1日に広島市民球場で行われた、広島ー巨人戦だ。この試合で、デッドボールを肩に受け、肩甲骨を骨折した衣笠さん、連続出場記録は途切れるかに思えた。

しかし、翌日の試合にドクターストップを振り切って強行出場し、三振に倒れたものの、ケガの痛みを感じさせない、豪快なフルスイングを披露し、ファンを湧かせた。その時の心境について、当時の衣笠さんはこう語っている。

「24時間あるんですから、野球の3時間の長さを我慢すれば、野球を離れて治療してるよりは、自分の気持ちがその方が安定できるって言いますか、いつもそういうふうに言い聞かせてやってきましたから。ケガっていうのは決して自分自身にとって、つらいと思ったことはありません」

3年前から体調はよくなかった

衣笠さんは引退後、野球解説者として活躍。2017年11月には、星野仙一さんのプロ野球殿堂入りを祝う会に出席し、鏡割りに参加するなど元気な様子を見せていた。

山本浩二さん

そんな衣笠さんと、共にカープの黄金期を支えた、山本浩二さんは突然の訃報に…

「3年ぐらい前から、よくないというのは聞いていました。その間、いろいろと何度か会ったりはしていました。よく張り合う、よきライバルで、張り合ってお互いに2人が成長してきて、彼がいなかったらここまできていなかったと思いますし、彼にはありがとうと言いたいですね」

また、現役時代のライバル王貞治さんは、
「すごく外見はこわそうだけど心の優しい人。デッドボールを受けても熱くならない珍しいタイプ。こういうことになって残念。やすらかにおやすみください。」とコメントした。


数々の記録と熱い記憶を残した衣笠さんは、引退会見で自身の引退について、こう語っていた。

「日は昇り、日は落ちるって感じですかね。自然だったですね」

(「プライムニュース イブニング」4月24日放送分より)

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