セクハラで全てを失った男たち…。驚愕の「セクハラ事件簿」

カテゴリ:ワールド

  • 最初のセクハラ裁判は1989年、「言葉」によるものだった
  • 後を絶たない権力者や上司によるセクハラ
  • 700人が被害に。前代未聞のセクハラ訴訟

現在では、働く男女にとって身近な問題として考えられている「セクハラ」。とはいえ、この言葉が一般に認知されるようになったのは、意外と新しく、1989年の流行語大賞の新語部門を受賞したことがきっかけだった。

なぜ、この年にセクハラという言葉が知れ渡るようになったのか。そこには、日本の職場環境を大きく変えることになる、ある事件があったのである。ここで、日本における「セクハラ」裁判の歴史を見てみよう。

1989年、最初のセクハラ裁判で糾弾されたのは「言葉」によるセクハラ行為だった

日本における最初のセクハラ裁判は、福岡市内の出版会社に務めていた女性社員(34)が上司の男性編集長(40)と会社を相手に、慰謝料などの損害賠償を求めた事例である。この裁判を契機として「セクハラ」は全国的に問題視されるようになり、新語大賞も受賞することになった。

原告の女性は、仕事ができることから職場では目立つ存在だった。女性を敵対視していた編集長は「結構遊んでいる」「お盛んらしい」「生活が乱れているから卵巣腫瘍になったんだ」「夜の仕事が向いている」など、中傷し続けたという。

1992年4月16日に下された裁判の判決では編集長の発言を事実認定。「原告の異性関係を中心とした私生活非難などが退職につながった」と事実上セクハラを認め、編集長と会社に165万円の支払いを命じた。多くの波紋を呼んだセクハラ裁判は、原告女性の全面勝訴で幕を閉じた。

それまで多くの女性たちが目をつぶってきたことに初めて本格的にメスを入れたこの事例によって、日本におけるセクハラ問題は動き始めたのである。

セクハラという言葉が浸透してから10年たった1999年、順風満帆な人生を送っていたのにも関わらず、セクハラ行為によって転落の一途をたどったのが故・横山ノックである。

セクハラで全てを失った男、横山ノック元大阪府知事

1999年、当時大阪府知事だった横山ノック(67)は、選挙カーのなかでアルバイトの女子大生の胸を触ったり、パンツの中に手を突っ込むという「わいせつ行為」に及んだ。

さらに「ヴィトンのバッグと財布を買ってやる。誰にもいうなよ」と口封じまで目論んだという。

初めはわいせつ行為の事実を否定し、名誉毀損で女子大生を逆告訴した横山ノックだったが、1999年12月、大阪地方裁判所はわいせつ行為を認定し、1100万円の支払いを命じた。

その後、知事を辞職した横山ノックは、芸能界で返り咲くこともできず、中咽頭ガンで2007年死去。芸人から知事にまで上り詰めておきながらも、セクハラ行為で何もかも失う物悲しい結果となったのである。

これは悪質な「強制わいせつ」であり、地位を利用した典型的な「対価型セクハラ」でもある。当時はまだまだセクハラが問題になる事例も多くなく、横山側を擁護する声もあったという。

今も昔も、地位の高い男性がその絶対的な権力を利用して、部下の女性にセクハラを繰り返す事例は変わっていない。セクハラが問題視されている近年でも、こういった権力者や上司によるセクハラは頻発している。

「殿と呼べ」時代錯誤の宮城・大衡村長の異常な欲望

2015年、人口5781人、宮城県大衡村の名が全国に知れ渡ったのは、不本意ながら跡部昌洋村長(66)による、数々のセクハラ、パワハラ行為がきっかけだった。

村長は部下の女性職員に出張先のホテルや村長室などで計十数回性行為を強要し、わいせつな写真も撮影。ハートマークの絵文字を並べたり、「殿」と呼ぶように命じたりするメールを私用だけでなく公用の携帯からも送っていた。女性が指示に従わないと、仕事や人事での不利益をちらつかせるという卑劣さで、女性は自分1人が我慢すればいいと耐え続けていたという。

結局、被害女性は村長を相手取り1000万円の賠償を求める訴訟を起こし、村長は祖父の代から務め続けた「村長」の座から退く結果となった。

このように、セクハラが原因で加害者男性が辞職せざるをえなくなる事例は枚挙に暇が無い。一方で、被害女性の受けたセクハラの傷が深刻であるがゆえに、最悪の展開を生む事もある。

女性を自殺にまで追い込んだ「サイゼリヤ」セクハラ副店長

サイゼリヤの非正規社員から正社員になることを目指し、専門学校を中退するほど仕事熱心だったAさん。

しかしAさんの指導役で当時副店長だったXは、前触れも無く後ろから抱きついたり、深夜アパートに押しかけ性行為を強要したりとAさんに対し、執拗なセクハラを行った。Aさんはその悩みを周囲に相談していたが、非正規社員という身分もあり強く拒めなかった。

2014年12月、20代前半という若さでAさんは自ら命を絶った。副店長から「一緒に死のう」と迫られた翌日のことだった。

米三菱の集団セクハラ訴訟。空前700人セクハラの中身とは?

女性従業員700人が被害にあったといわれる米国三菱自動車製造でのセクハラ訴訟は、日本だけではなく米国メディアでも大きく取り上げられた。

1996年当時、過去最大規模のセクハラ訴訟といわれ、工場という閉塞空間の中で常態化していたセクハラの実態は、一流企業「三菱」のブランドネームを揺るがした。

工場の男性トイレの壁にはどの女性が誰と関係を持っているか、いい加減なリストや女性従業員のバストの寸評などが卑猥なイラストと共に書きなぐられ、毎日のように「尻軽」「あばずれ」「あんたとやりたい」など卑猥な文言が飛び交っていたという。

また、胸やお尻をつかまれたり、股の間にエアガンを発射された女性もいたというのだから驚きだ。


訴えられた米国三菱の工場はイリノイ州の周囲にトウモロコシ畑が残る静かな地方都市に位置し、従業員がおよそ四千人という大規模工場だった。損害賠償は一人当たり約3240万円というのだから、その総額を計算するのも恐ろしい。

巨額の損害賠償金、そしてセクハラが発生した際に受ける会社、加害者、被害者の損失。セクハラは加害者だけではなく、被害者はもちろん、その周囲の人々も巻き込み、人生の大事なものを一気に失う結果になってしまう。

なかには軽い気持ちでセクハラに至ってしまった事例もあるだろうが、これらの歴史をふまえ、男性陣はセクハラが引き起こす大きすぎる代償について今一度深く考えなければならないだろう。


文=片岡暁乃(清談社)