東京に“鎌倉超え”大仏誕生…新名所になるか

  • “鎌倉超え”大仏お披露目初日から大勢の参拝客
  • 職人約100人が1000年前の技術を使い完成
  • 建立のきっかけは東日本大震災
提供:翠雲堂

一般公開が始まった鹿野大仏に大勢の参拝客

東京西部の日の出町(ひのでまち)に新たに登場した、鹿野(ろくや)大仏。
4月11日から一般公開が始まった鹿野大仏の姿を拝もうと、お披露目初日から大勢の参拝客が訪れた。

参拝客は…
「夜中来て車中泊していた。やさしさ溢れている、目のあたりが。ああいう顔になりたいです」
「すごいですね。立派なお顔して」
「今度は孫を連れて来たい」


総工費4億円、およそ5年の歳月を費やして完成した大仏は、像の高さが12メートル。
奈良の大仏と、鎌倉の大仏の間のサイズになる。

これだけの大仏を一体どのようにして作り上げたのか。

提供:翠雲堂

“下から見た時に美しく見えること”が大事

昭和12年の創業から、寺院建築などを手掛けてきた、老舗・翠雲堂(すいうんどう)。
これまでおよそ30体以上にのぼる大仏を製造してきた日本で唯一の会社である。

今回は鹿野大仏の10分の1の模型を製作。
大仏は、この模型作りから始まるという。

この模型作りで大事なのは、参拝客と同じ目線で、下から見た時に美しく見えること。

さらに、今回、注文主のお寺からはぜひ“イケメンで”というリクエストがあり、その点も考慮にいれて作業が進められた。

粘土模型をもとに、石膏を使って実寸大の原型を作る作業場では、鹿野大仏の顔の部分の原型がある。
この原型は一旦分解され、そこに溶かした金属を鋳型(いがた)にいれる「鋳込み(いこみ)」を経て各パーツが完成。
これらは、現場に運んだ上で組み立てられた。

完成までに、およそ100人の職人が関わったという鹿野大仏。

1000年も前の技術が、今に伝えられている。

関わった職人の一人は…
「(お披露目は?)ものすごくうれしい」
「ご住職や檀家のみなさんが思ったような立派なものができたとは思っています」

こうして完成した鹿野大仏は確かに、奈良の大仏、鎌倉の大仏と比べても、若々しく堂々たるイケメンぶり。

“建立のきっかけは東日本大震災”宝光寺・八坂良秀住職

「御霊・魂を供養したい」建立のきっかけは東日本大震災

今回、建立された「宝光寺(ほうこうじ)」は、室町時代に開山(かいさん)した名刹(めいさつ)。
聞けば、今回の建立に至ったきっかけは東日本大震災だという。

宝光寺・八坂良秀住職は…
「(東日本大震災で)大勢の方が犠牲になられて亡くなっている。また(自分が)仲が良かった友人も亡くなったということで、亡くなった方の御霊・魂を供養させていただきたいと」


今回の大仏には、新たな観光資源としての役割も期待されている。

近くの商店は…
「あんまりワイワイと大勢来すぎると、自然が破壊されて…、というのもあるけど、でもにぎやかになるといいですよね」


山の中に建立された“イケメン”大仏。
東京の新名所としての期待は大きく膨らんでいる。

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