2018年度税制改正に向け、与党による本格的な議論が始まっていますが、このなかで、新しい税を2つつくろうという動きが進行しています。
それは、「森林」と「観光」をめぐる税金であり、それぞれ「森林環境税」「観光振興税」という名称案が示され、検討が進んでいます。

「森林環境税」

「森林環境税」は、森を守るため、国民一人一人が税金の形で負担を分かち合おうという構想です。
国内の森林は、国土の3分の2に相当する2500万ヘクタールに広がりますが、このうちの約4割の1000万ヘクタールを、スギやヒノキなどの人工林が占めています。
戦後復興期に植林されたものが多く、半数が伐採期を迎えているものの、零細な所有者が多いこともあって、伐採に適した森林の6割が利用されていないのが現状です。

このため、政府は、手入れの行き届かない森林を市町村が集約し、意欲と能力のある林業経営者に管理を委託する一方で、条件が悪く民間の委ね先が見つからないものについては、市町村自らが管理を行う「森林バンク」の仕組みを立ち上げようとしています。
この市町村による管理に必要な費用をまかなおうというのが「森林環境税」であり、広く負担を求めようと、個人住民税に上のせして集める方向で調整されています。
 

個人住民税に1000円程度上乗せ

個人住民税は、居住している地方自治体に納める税金で、前年の所得金額に応じて課税される「所得割」と、所得にかかわらず定額で課される「均等割」があります。
均等割の年間税額は現在5000円であり、ここに1000円程度を上のせする案が有力で、徴収された税金は、私有林の面積や林業従事者の数などに応じて市町村に配分される方向です。

ただし、「均等割」は、東日本大震災後の防災費用にあてるため、すでに1000円が上乗せされている状態になっていることから、「森林環境税」の導入時期は、現在の上のせ分が2023年度に終了したあとにしようとの意見が出ています。

 
 
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「観光振興税」

一方、観光促進に向け議論が加速しているのが、「観光振興税」です。
2017年に日本を訪れた外国人旅行者数は、10月までで推計約2380万人となり、年間2800万人に達する見通しです。
政府は「観光立国」を成長戦略の柱に据え、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には訪日客数を4000万人とする目標を掲げていますが、わかりにくい案内標識、少ない多言語表示、不十分な公衆無線LAN環境、特定の地域に偏る集客など、受け入れ面でのさまざまな問題が、依然として、指摘されています。

こうしたなか、観光環境の整備や情報発信の充実などにあてようと浮上してきたのが「観光振興税」であり、日本を出国する人から航空券代などとあわせて集める仕組みをつくり、1人1回1000円程度を負担してもらう方向で調整が進んでいて、東京大会を1年後に控えた2019年度から始める案が有力となっています。

「森林環境税」が既存の税金に上のせするやり方なのに対し、「観光振興税」はまったく新しい形の税をつくるもので、実現すれば、1992年の地価税以来の新税創設となります。
 

出国する人から1人1回1000円程度負担

このふたつの税は、いずれも、使いみちを掲げて集める税金で、受益と負担の関係がはっきりするという長所があります。
しかし、「森林環境税」を、住民税に上のせして徴収した場合、森林保全が地球温暖化防止などにつながるものであるとはいえ、直接的な恩恵を感じにくい都市部の住民からも納得を得られるのか、という問題があります。

また、「観光振興税」による出国時課税が導入されれば、出国者の4割を占める日本人も、訪日客と同様に負担を求められることになります。
税収は、出入国手続きの円滑化などにも使われ、日本人の海外旅行者や出張者の利便性も向上するという論理に理解が広がるのか、疑問が残ります。さらに、特定の目的に使える税金は、関連した事業のなかで税収を使い切ろうとして、ともすれば、必要性の乏しい支出につながりやすい側面があります。かつて、ガソリン税などの道路特定財源は、無駄遣いの温床だとの批判を浴びました。
想定される年間税収は、「観光振興税」の場合、出国者1人1000円で400億円、「森林環境税」は、1人1000円の住民税上のせで620億円で、道路特定財源が、10年ほど前、5兆円を超える規模だったのに比べると、はるかに少ない金額ではありますが、「森林環境税」が人材育成や啓発活動などにも使う方向で検討されるなど、使いみちの範囲が広がる可能性が見え隠れします。

想定される年間税収

社会保障費が膨張し続け、ほかの予算を増額する余地が限られる財政構造のなか、特定の事業向けの新税立ち上げは、財源確保への近道です。
今回ふたつの税を創設するにあたっては、規模が小さいとはいえ、税収が真に必要な施策に使われるよう、制度の透明性を確保することが不可欠です。
森林環境の整備や、観光需要の喚起を進める必要性があるのは確かですが、使途となる事業が目的にかなうものかをチェックし、政策効果を検証する仕組みを構築できるのか、課題は多く残されています。
 

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員