アメリカ大統領選・民主党の候補者指名争いの序盤戦で善戦し、その名を世界にとどろかせた、ピート・ブティジェッジ前サウスベンド市長。最大のヤマ場である「スーパーチューズデー」を目前に撤退を表明。同性婚を公表しているブティジェッジ氏が夫と一緒に臨んだ記者会見では、支援者たちから「2024年!」(24年の大統領選の意)との歓声も上がった。早期の撤退は4年後を見据えたものなのか。ブディジェッジ氏の素顔からそのヒントを探った。
ブティジェッジ氏といえば、「38歳の若手」、そして「同性愛者」という異色のバックグラウンドもあって、注目度がグンと上がった。南部の州に住む民主党支持者の女性はこう表現した。「彼は未来のジョン・F・ケネディよ!」
華やかな経歴と力強いスピーチ、そして若さがそう見せるのだろう。
ブティジェッジ氏の地元を取材してみると、市民が口をそろえて言うのは「彼はシャイだ」ということ。意外な性格と、「夫」の内助の功が見えてきた。
「スコットランド料理」大好物なのに”静かに食べる”
ブティジェッジ氏が2012年から8年間市長をつとめたインディアナ州サウスベンド市。人口10万人ほどの小さな町で、目抜き通りもこぢんまりとした印象だ。そこに建つひときわ目立つ白い壁に、「South Bend for Pete 2020」(サウスベンド市は2020年の大統領選、ピートを応援します)と巨大な文字で書かれていた。街を挙げて応援している印象だ。
市民に印象を聞くと、みんな口をそろえて言うのは「頭がいい!」ということ。名門ハーバード大を卒業し、スペイン語やノルウェー語など8か国語を操る。アフガニスタンで従軍経験も持つ、スーパーエリートだ。
取材を進めるうちにブティジェッジ氏は、自信に満ち溢れ、社交的な性格だろう、と思ったが、意外とそうでもないらしい。ブティジェッジ氏が市長時代に、週に一度は通っていたというパブ・レストランの経営者、キャロル・ミーアンさんはこう語る。
「とても謙虚で静か。絶対に人におごらせないし、店では市長としてではなく客として静かにふるまっているわ」
ちなみにブティジェッジ氏の好物は、スコットランドの伝統的な料理「スコッチ・エッグ」。ソーセージ肉の表面をカリカリに揚げ、中には丸ごと半熟卵が入っている。イギリスの名門・オックスフォード大に留学した経験を懐かしんで食べているのかもしれない。
同性愛カミングアウトと”葛藤”
「物静か」な振舞いは、レストランだけではない。ブティジェッジ氏が10年来通っているという教会のブライアン・グランツ司祭が取材に応じた。
「教会の日曜ミサに来るときは毎回、後ろのほうの席に座って、静かに祈っているよ」
政治家なら教会でも、輪の中心で有権者にあいさつをしそうなものだが、やはりここでも控えめだったという。
この聖ジェームズ大聖堂は、ブティジェッジ氏が2018年、夫・チャスティン氏と結婚式を挙げた場所だ。結婚までのプロセスを、グランツ司祭はこう振り返る。
「同性愛者であることをカミングアウトしたのは2期目の市長選挙の直前で、とてもリスキーな時期だったはず。カミングアウトの直後は、安心した部分もあったと思うが、どこかで、まだ気持ちを整理する途中段階にあったようにも見えた」
カミングアウト直後の2期目の市長選では圧勝。その後、ブティジェッジ氏は、出会い系サイトで、未来の夫・チャスティン氏と知り合う。
グランツ司祭「この教会で、同性婚が認められるようになった時期に、ちょうどピートはチャスティンと付き合い始めた。だから僕は、『もし真剣に考えているなら、うちの教会なら結婚式ができるよ』と言ってみたんだ。その時は「ありがとう」と言っていた程度だったが、半年後、結婚の決意を聞いたよ」
多くのキリスト教の教会が同性婚を認めない中、司祭の一言がブティジェッジ氏の背中を押したのかもしれない。
社交的な夫の”内助の功”
グランツ司祭は、2人についてこう分析する。
「ピートの性格は一言でいうと、内省的。自分の中で深く考えるタイプ。そして自分に正直な人。夫チャスティン氏はもっと明るくて社交的。二人は補い合っている」
たしかに、演劇の教師をしているチャスティン氏の明るい性格は選挙戦にも大きく貢献している。Twitterはフォロワー数40万、2人の飼い犬の動画を多数投稿し、SNS上での話題作りにも貢献している。初の「ファースト・ジェントルマン候補」として、選挙活動も二人三脚だった。
4年後には本命?ブティジェッジ氏の「2つの壁」
選挙戦において、同性愛者であることは差別や偏見を生まなかったのだろうか。グランツ司祭によると、まだまだ批判の声も多いという。
「ピートが結婚式を挙げた後、毎週のように教会の前で抗議活動が行われている。匿名の電話や手紙も来る」
実際に、アイオワ州の党員集会では、ブティジェッジ氏に投票した女性が、のちに同性愛者であることを知り、投票撤回を求める出来事も起きた。
サウスベンドLGBTQセンターの、H.R.ジャング氏も「同性愛者が大統領になるには高い壁がある」と指摘する。
「私たちは同性愛者が大統領になる準備はできているけれど、そうじゃない人がいるのも確か。でも、黒人の大統領が誕生する前だって同じ議論だったし、女性大統領が候補になるたびに反対する人はいる。私たちは深呼吸をして、新しい時代に飛び込むときが来ている」
サウスベンド市民は、同性愛者である市長の「仕事ぶり」を評価し、再選させた。しかし、今回、市民が大統領になることを“熱望”していたかというと、冷静な意見も聞こえてきた。
「大統領になる素質はあると思う。ただ、今はまだ経験不足だと思う」
「とてもいい市長だった。今回、でも民主党の候補者指名は得られないと思う…2024年に期待している!」
ブティジェッジ氏が直面した壁。「同性愛者である」という理由は、おそらく“見えない壁”として存在している。
そして、“見えていた壁“は、他の候補者に比べて若く、「経験不足」ということだ。これらの壁を克服し「2020年の新星」から「2024年の本命」になれるのか。「シャイな38歳」の4年後に注目したい。
(取材:中川真理子、平田デニス/撮影:森田アンドリュー)