皆さんは、通信制高校がどんなものかご存知だろうか。

日本の高校の教育課程は、全日制・定時制・通信制に分けられる。全日制と定時制が登校して授業を受けるのに対し、通信制はレポートなどの自主学習を中心に学ぶのが大きな違いだ。

文部科学省の「学校基本統計」(2018年度)によると、その生徒数は全日制が約315万人通信制が約18.6万人定時制が約8.5万人。通信制にはややマイナーな印象を持っているかもしれない。

文科省「高等学校教育の現状について」より
文科省「高等学校教育の現状について」より
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そんなイメージを、私立の通信制高校「N高等学校」(N高)が変えつつある。
有名企業の「KADOKAWA」と「ドワンゴ」が運営に携わっていることから、名前を聞いたことがある人もいるだろうが、2016年4月に開校してから数年で急成長を遂げているのだ。

生徒数は開校時の1482人から、2019年12月時点で約1万2000人にまで増加。現在の男女比率は約半々で、年齢は高校生年代が90%、20歳以下を含むと98%となる。2019年春に卒業した第1期生からは、慶応義塾、早稲田、筑波といった難関大学への進学者も出ている。

しかし、そもそも一般的な学校とは何が違い、なぜ選ばれる存在となっているのだろう。校長先生や在校生にお話を伺うと、学校がどうあるべきかのヒントも見えてきた。

教育にネットの利点をフル活用

まずN高の大きな特徴が、インターネットの長所を教育にフル活用していることだろう。

N高の教育課程は、高校卒業資格を取得する「ベーシックプログラム」と好きな専門分野を学ぶ「アドバンストプログラム」から構成される。これらの教材には動画配信などを積極的に活用していて、ネット環境があれば、時間や場所にとらわれずに勉強することができる。

アドバンストプログラムではさまざまな専門分野を学べる(N高公式ウェブサイトより)
アドバンストプログラムではさまざまな専門分野を学べる(N高公式ウェブサイトより)


さらに、オリジナルアプリの「N予備校」を使えば、講師陣から直接指導を受けることも可能。このアプリでは、ライブ配信される「生放送授業」を受講することができ、その場で疑問点を質問できる機能なども盛り込まれている。

各業界でトップクラスのプロが講師を務めるのも特徴で、例えば、文芸小説創作授業では、多くの作品を執筆してきた小説家・冲方丁さんがプロの目線で、回答の添削や講評などを行う。

このほか、著名人による特別授業も不定期開催されていて、過去には実業家・堀江貴文さん、投資家・村上世彰さんらも登壇している。一般的な高校では経験しにくい、リアルな社会に触れる機会の多さも魅力だ。

N予備校では生放送授業も行われ、その場にいるような環境で学べる(N高公式ウェブサイトより)
N予備校では生放送授業も行われ、その場にいるような環境で学べる(N高公式ウェブサイトより)


また、学習面以外の充実にも力を注いでいる。N高にはオンライン囲碁やeスポーツなどの「ネット部活」があるほか、VR映像を活用したバーチャル入学式、果てはオンラインゲームでの遠足まで、学校生活を再現したようなイベントが多数存在する。

eスポーツ部など、実際の大会に参加することもある(提供:学校法人角川ドワンゴ学園)
eスポーツ部など、実際の大会に参加することもある(提供:学校法人角川ドワンゴ学園)

生徒同士の交流には、企業などで導入されているコミュニケーションツール「Slack」を採用しており、まるで実際の教室にいるかのようなつながりも生まれているというのだ。

このほか、学費面で選択肢があることも魅力かもしれない。N高には、通信教育がメインの「ネットコース」とキャンパスにも通う「通学コース」があり、学費はネットコースなら年間約25万円。通学コースは通学日数などで異なり、1年生で年間50万円台~130万円台から適したプランを選ぶことができる。

文科省によると、全日制高校の2018年度の年間学習費(授業料や給食費、教科書費など)は公立が約45万円、私立が約97万円であることを考えると、プランによっては学費を抑えることもできそうだ。

卒業後も「誇りを持てる」通信制高校を作りたい

それでは、なぜこのような教育環境を作りあげたのだろうか。N高のアイデアをKADOKAWAとドワンゴに提案した、奥平博一校長にお話を伺ったところ、N高には通信制高校に対する偏見をなくしたい思いが込められているという。

「教育事業に長年携わり、通信制高校の教員も務めましたが、同時に『通信制=消極的な理由で選ぶ学校』という社会の偏見も感じてきました。子供が学校を選ぶ理由はそれぞれなのにです。そこで、卒業後も誇りを持てる通信制高校を作ろうと考えました」(奥平校長)

奥平博一校長
奥平博一校長

また、学習課程にネットをフル活用していること、専門分野を学べるプログラムを複数用意しているのには、子供が将来について考える時間を増やすとともに、社会で求められるスキルを自然と身に付けてほしい狙いがあるという。

子供の個性を伸ばして進路を見いだしてもらうには、将来を押しつけるのではなく、さまざまな選択肢を用意することが大切だと考えています。目標に向けて行動することで、自分の居場所や生き方を見つけてほしいと思っています」(奥平校長)

それでは、実際の在校生はどんな生活を送るのだろう。2年生の牧野賢士さんにもお話を伺った。

通信制へのイメージが変わった

――いつからN高に?なぜ通信制を選んだ?

2018年10月、東京都内の都立高校から転校しました。入学して半年くらいの頃ですね。転校した理由は、大学進学の受験勉強に専念できる時間を増やしたいと考えたためです。

僕は母がマレーシア人、父が日本人で、小学1年生までは日本、その後にマレーシアの日本人学校、中学3年生からは再び日本で育ちました。今も家族はマレーシア在住なので、実家に戻る時間的余裕もありつつ、日本の教育を受けられるところも魅力でした。

N高の2年生・牧野賢士さん
N高の2年生・牧野賢士さん

――N高ではどんな環境で学んでいる?

僕は通学コースを利用しています。当初は学費を安くしようと、ネットコースを考えましたが、親からコミュニケーションの大切さを諭され、通学コースを選びました。

僕の場合、キャンパスに週3日通い、1日6時限の授業を受けています。1~3時限で必修科目や「プロジェクトN」の授業を受け、残りの4~6時限は自由にカリキュラムを組めます。外国語系の大学進学を目指しているので、英語を重点的に学んでいます。

※プロジェクトN:生徒自らが課題を考えて解決策を探す、課題解決型の授業

通学しない日は受験勉強を進めたり、ビジネスコンテストの研究を進めたりしています。


――N高で学んでみて感じたこと、驚いたことはある?

実は転校する前まで、通信制へのイメージがあまり良くなかったんです。人間関係などに問題を抱える人が、高卒資格を得るために行く場所というか...。でも実際はファッションブランドを立ち上げたり、プロ並みの動画編集ができたりと、多様性ある人ばかりで。

興味あるスキルを学びつつ、目標に向けた時間も確保できる環境に驚きました。

生徒「みんな違って、みんないい」

――自身に何らかの変化はあった?

受験勉強の傍らで「キャリア甲子園」などのビジネスコンテストに参加するようになり、ここでの経験で視野が広がりました。大勢の前でプレゼンしたり、アイデアを分かりやすく伝える努力を重ねることで、なぜ学ぶのかを主体的に考えられるようになりましたね。

ちなみに、僕のチームは触覚を再現するテクノロジーとMR(複合現実)などを組み合わせて、「ネットのECサイトでも洋服の肌触りを再現できる」というアイデアを考案しました。思考力やプレゼンスキルなど、社会で通用するスキルが身に付いていると感じます。


通学コースの授業の様子。指導教員もいるが、生徒の自主性を重んじるという
通学コースの授業の様子。指導教員もいるが、生徒の自主性を重んじるという

――在校生の視点から感じた、利点や課題などはある?

目標のために時間を割けること、多くの外部講師から学べることはいいところですね。一番に思うのは他の生徒と違っても違和感がないこと。一般的な学校だと、同じような教育を受けて同じような生徒になることを求められますが、ここではみんな違って、みんないいんです。

課題としては、自由が利き過ぎるところでしょうか。良さでもあるのですが、明確な目標がなかったり自立して考えられないと、だらけにつながってしまうかもしれません。


――将来の目標などはある?

故郷のマレーシアと日本の橋渡しになれることをやりたいです。たまたま、蚊取り線香を持ち帰ったことがあるんですが、マレーシアでは珍しかったらしく、現地ですごくウケたことがあったんです。日本の文化や魅力はまだまだ掘り起こせると思います。

また、N高に転校したことで教育にも興味を持ちました。自分の知る限りでは、マレーシアには通信制高校がないので、そのような教育環境の整備に携われたらとも考えています。


ネットの長所を活用することで時間的な余裕が生まれ、好きな専門分野も学べる。そんな魅力があるからこそ、在校生も増えているのだろう。消去法ではなく、やりたいことがあるから通信制を選ぶという時代が今、来ているのかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。