政治・経済の先行きに悲観的なスペイン人

日本から来るクライアントをスペイン国内でアテンドしていると、皆異口同音に尋ねられることがある。

「こんなに働かないで大丈夫なんですか?」

確かに、昼のランチ時間から飲酒ができ、バルはいつでもおしゃべりに興じる人でいっぱいだ。金曜午後早くから週末の別荘移動組のラッシュがあるし、週末は家族連れの外出も多ければ、夏は誰もが1ヶ月は休んでいる。春先からは何かしら祭りばかりやっている。祭りも週末だけでなく、1週間続くのも当然だ。子供の夏休みは3ヶ月。夏季には半ドンになる仕事場も多い。経済的な余裕がなくとも何かしら、楽しそうだ。

そんな風景が相変わらず続いているスペインだが、実際スペイン人と話せば、誰もが政治や経済の先行きを悲観的に見ている。2019年5月の統計では、スペインの労働市場が悪い状況だと答えたのが86%。半数はスペインの労働市場はこれからさらに悪化するだろうと想像している。

この記事の画像(4枚)

平均賃金がEU諸国より20.7%も低い

スペインはヨーロッパ諸国の中でもこの数年、好調な経済成長率をマークしてきた。リーマンショックの頃、ギリシャの次はスペインが崩壊と言われた時代から10年以上が経ち、あの最悪な時代に25%を数えた失業率も、現在は10%半ばを保っている。GDPが好調なのは、2012年の労働市場改正の際に単位労働コストが下がり、競争力が 増したからと言われているが、「あの時よりはまし」という認識はあるものの、個々の生活の質が向上しているとは感じない人が大半だ。

法律で定められた週労働時間は40時間。8時か9時―17時という就業時間が普通だ。都会では昼休みは時間短縮の傾向が強く、以前のように昼14時ごろから2時間程度の昼休みに自宅に戻って昼食をとり、軽くシエスタをして仕事に戻る、ということはほぼなくなってきた。このスタイルは夏の日照時間が長いスペインではある意味理にかなっていたが、仕事と家庭の両立からすると、学校の終了時間に親も終了するのが望ましいからだろう。

働かないと言われるスペインでも、観光地の商店、車両会社、飲食店など観光関連業者は例外だ。こうした業種では十数時間続けて勤務、ということも珍しくないが、閑散期の冬には2ヶ月閉める、など思い切って休みをとるところもある。

観光客でにぎわうバルセロナ
観光客でにぎわうバルセロナ

スペインの最低賃金は2020 年内に月950€程度まで上がると言われているものの、平均賃金はEU諸国平均より20,7%も低い。(Expansion紙2019年11月19日記事、EU平均2091€/月、スペイン平均1658€)そしてスペインも、雇用の安定からは程遠い。20代、30代の若者たちは「 ミルエウリスタ( 1000€就業者)」と呼ばれ、どんなに働いても終身雇用契約は結ばれず、月に1000€の収入では独立すらままならない。2012年の労働市場改正から、企業側は解雇をしやすい状況になったと言われているが、熟年世代は早期退職を迫られる傾向にあり、次の再就職先を探そうものなら茨の道なのは、日本同様だ。先進国においては、少子高齢化、社会格差の隔たり、劣悪な労働条件、移民への労働力依存、など社会問題はどこの国も似たり寄ったりなのではないだろうか。

「平等省」復活で社会格差をコントロール

昨年1年間のうち、ほとんどをスペイン は暫定政権で過ごしている。スペイン は長い間、右派か左派だけの政権を繰り返してきたが、とうとうこの1月に連立政権が成立した。首相以下22名の大臣たちの男女比は半々。国会議員350議席の中、151議席が女性議員だ。スペインでも政治家不信は非常に強いが、選挙の投票率は高く、前回、投票率が下がった総選挙でも69%。国政への不満が高まれば、あっという間に一般市民のデモが始まる。政治家もその勢いを十分に承知している。

男女比が平均的な国会では、性差による不公平感もなくなりつつあり、男性優位な考え方から発生している法律も根絶されつつある。今期からは「平等省」なる省庁も復活し、社会のあらゆる格差をコントロールしようという試みだ。2020年には12週まで取得が可能になった男性の育休取得率も、まだ女性よりは低いとは言え、利用する人は増加している。好例はバスク州で、2019年から州法で男性は18週まで育児休暇が認められているが、昨年は州政府男性公務員30名が早速育休を取得。こうした行政の音頭取りも世の中のムードを変えてゆくのに重要だ。自分の生活と国政が近いところにあると感じる社会は、やはり働きやすいに違いない。

働きやすさ=生きやすさを作り出すのは

「こんなに働かなくて大丈夫なんですか?」

と聞かれれば、スペイン人なら逆に「日本はそんなに働いても、まとまった休みもなく、家族との時間もなく、大丈夫なんですか?」と聞きかえすのに違いない。スペインでは、仕事のために生きているという人はごく少数派だ。たとえ経済的に裕福にならなくとも、家族や友人、大切な人と一緒に過ごすことの方が大事と考える人は多い。アンケートを取れば、政治も経済もお先真っ暗という人もいるのに、2019年のマドリード州のアンケートでは「生活に満足している」「大変満足している」と答えた人が88%を数えている。先のことはわからないが、毎日の生活は楽しい……というような一般的な姿が想像できる。楽観的と言えばおしまいだが、前世紀には市民戦争や独裁政治の圧政を経てきた、スペインなりの処世術なのかもしれない。

【執筆:ライター&コーディネーター 小林 由季(スペイン在住)】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

「変わらなきゃ!働き方改革」すべての記事を読む
「変わらなきゃ!働き方改革」すべての記事を読む
小林 由季
小林 由季

95年よりスペイン在住。フリーランス通訳、ライター、コーディネーター 。
フラメンコ、闘牛、シエスタ、パエリア以外のスペインを伝えたいと、
様々な媒体と方法で日本とスペインをつなぐお手伝いをしています。