代表質問において安倍首相と枝野代表の間で行われた「政策論争」

22日、衆議院では安倍首相の施政方針演説に対する各党の代表質問が始まり、トップバッターとして立憲民主党の枝野代表が質問に立った。枝野氏は、安倍首相に対し、桜を見る会の問題やIR汚職事件などについて厳しく追及し、安倍首相は、桜を見る会の名簿は廃棄済みであり再調査を指示するつもりはないこと、IR事件での秋元司衆院議員の逮捕・起訴は誠に遺憾であることなどを答弁した。

一方で、枝野氏は質問の中で「安倍政権に代わるもう1つの政権の選択肢を示す」として、立憲民主党としての政権ビジョンを語った上で、暮らしに直結する政策に関し安倍首相の見解を質し、白熱する場面もあった。今回の質疑は桜を見る会の追及などに目を奪われがちだが、こうした政策論争が国民生活に直結することをふまえ、その詳細をまとめたい。

この記事の画像(8枚)

枝野氏の示したビジョン

枝野氏は質問の中で、桜を見る会やIR汚職などの追及に続いて、経済をはじめとする日本社会の現状について切り出した。そして「アベノミクスの限界は明確だ」と断じた上で、「私は潜在力を引き出す新しい道を切り拓くため、安倍政権に代わるもう一つの選択肢を示します」と宣言した。すると議場には野党席からの拍手と与党席からのヤジが交錯した。

続いて枝野氏は3つの政権ビジョンとして、自己責任論から脱却し社会全体で「支え合う安心」の仕組み構築、“分配なくして成長なし”を掲げた「豊かさの分かち合い」、小さな政府幻想から脱却した「責任ある充実した政府」の回復を掲げた上で、個別に安倍首相の見解を質した。本会議での代表質問なので一問一答形式ではないのだが、ここでは「政策論争」をわかりやすくするために一問一答形式で、その政策論争の中身をたどる。

私たちの生活は豊かになっているのか?「実質賃金」めぐる論争

枝野氏はまず経済について、物価上昇分を除いた「実質賃金」や、個人所得から税金や社会保険料を除いた収入に物価上昇分を加味した「実質可処分所得」が、安倍政権のもとで下落・低迷していると指摘した。

枝野代表
「暮らしの豊かさを示す実質賃金指数や実質可処分所得は、2005年から2009年ころにかけて急激に低下しました。そして安倍総理が悪夢とおっしゃる時期は、むしろ回復傾向にあったものの、2013年に再び大きく下落して回復の兆しを見せていません。安倍政権は一部に好転させた数字はあるものの、一人一人の暮らしの真の豊かさについては、これを膨らませるどころか、むしろ低下させているのです」
「総理は、七年かけても実現できなかった実質賃金や実質可処分所得を増やすことをどのような手段で、いつごろまでに実現しようとしているのか」

枝野氏が、低賃金労働者の賃金引き上げと正規雇用化、特に保育士や介護職員の賃上げなどを通じ、再配分や実質賃金の上昇を実現すると訴えたのに対し、安倍首相は次のように反論した。

安倍首相による民主党政権の揶揄がまたも炸裂

安倍首相
「第2次安倍政権の発足以降、雇用情勢は改善に転じたものの、​実質賃金については、​アベノミクスによる雇用拡大で女性や高齢者などが新たに雇用された場合は​平均賃金の伸びも抑制され、さらにデフレではない状況を作り出す中で​、物価が上昇すれば一層抑えられるという状況にあります。逆に民主党政権下では2009年以降デフレが進行しており、​ことさらにその時期の実質値の改善を持ち出すのはデフレを自慢するようなものであります。 ​そろそろそのことに気づかれた方がよろしいのではないでしょうか」

安倍首相は、アベノミクスの効果により新規雇用された人は新規だけに賃金水準が低い上、物価も上昇しているので、統計上の「実質賃金」が伸びにくいことを説明した。その上で、民主党政権下で実質賃金が改善したのはデフレのせいだとし、皮肉を交え反撃した。議場はすさまじいヤジと歓声が交錯し、白熱した雰囲気に包まれた。そして安倍首相は保育士や介護職員の待遇改善にも取り組んでいることを交えつつ続けた。

安倍首相
「連合の調査によれば、6年連続で今世紀に入って最も高い水準の賃上げが実現しており、​雇用の大幅な増加と相まって、国民みんなの稼ぎである総雇用者所得は、​名目でも実質でも増加が続くなど、雇用所得環境は着実に改善をしています」
「長時間労働の是正や同一労働同一賃金の実現といった​働き方改革、中小企業の生産性向上にむけた支援などに取りくむこととしており、 ​こうした施策を通じて成長と分配の好循環をさらに強化し、​より幅広く賃上げの波が行き渡るよう引き続き全力を尽くしてまいります」

「実質賃金」と「総雇用者所得」という指標をそれぞれが用いるため議論はある程度すれ違うのだが、両者が考える「豊かさ」とは何なのか、適正な再分配政策はどの程度かといった点で、論点や立場が浮き彫りになる部分もあった。

株での儲けに税金をもっとかけるべき?

続いて枝野氏がとりあげたのは税金の分野で、金持ちから低所得者への富の再配分のカギを握る所得税率や、株で儲けた所得に関する課税の議論だった。

枝野代表
「日本の所得税は、累進課税であると言われています。しかし株式譲渡所得のほか多くの金融所得は分離課税の対象となり。所得税は15%、住民税は5%です。そして高所得者ほど所得に占める株式譲渡所得の割合が高いことから、ある段階から所得税の実質的な負担率は所得が増えるにつれて低下します。国税庁の標本調査から試算すると(中略)所得100億円超では所得2000万円程度と同じくらいの負担率まで下がります。日本は真の累進課税ではありません」

枝野氏は、株で高額を儲けた場合の税率も引き上げるなどし、将来的には金融による所得も一般の所得と同じ税の扱いにすべきだと提案。見解を質したのに対し、安倍首相は次のように答弁した。

安倍首相
「所得税については、平成25年度改正で最高税率を引き上げ累進構造の強化を図ると共に、金融所得課税について平成26年から税率を10%から20%に倍増しております。(中略)所得分配機能の回復に一定の効果があったと考えています。今後の税制のあり方については、これまでの改正の効果を見極めると共に、経済社会の情勢の変化も踏まえつつ検討する必要があると考えております」

安倍首相は既に行った改革が一定の成果をあげたと強調した上で、枝野氏の提案については直接の論評を避け、「変化を踏まえつつ検討」という安全運転の答弁をとった。金融所得課税の強化は、政府与党が昨年、市場の冷え込みを懸念して見送っただけに、株価がアベノミクスの生命線と認識しているとみられる安倍首相としては、踏み込んだ答弁をする余地はなかっただろう。こうした税制上の所得再配分をはかる度合いについては、次の総選挙でも争点の1つになる可能性はある。

社会保障の保険料について、高所得者の負担増はあり?なし?

続いて、議論は社会保障制度改革に及んだ。枝野代表は医療費などに関し、政府が検討している窓口負担の引き上げや保険給付の縮小を行うのではなく。社会保険料についても所得税のように高所得者ほど負担率を高くする累進制をとって財源を確保すべきだと主張した。

枝野代表
「税については不十分ながらも累進制が取られている一方で、社会保険料については、原則として低率な上に、比較的低い金額で上限が頭打ちになり、所得が増えるほど負担率は下がります。社会保険という制度の本質を維持しつつも、定率、そして逆進的な保険料負担について、応能負担の方向で抜本的に見直すべきです」

安倍首相
「我が国の社会保険料は国民の協同連帯という社会保険の考え方を踏まえ、定率負担を基本としていますが、低所得者には保険料の軽減を行うなど、きめ細かな対応を行うことにより、所得の低い方にも配慮した仕組みになっています」

安倍首相は、現行制度でも低所得者に配慮した仕組みになっていることを強調し、枝野氏の見直し案にはくみしなかった。

年金は?消費税は?再配分めぐる政策論争の活発化も

また国民の関心の高い年金制度については、枝野氏が高所得の高齢者について税を原資とする部分の支給を制限する「クローバック」という制度の導入を検討すべきだと提案したところ、安倍首相は「高齢者の就労と密接に関連する課題だ」とした上で、「年金制度だけでなく税制や保険料負担での対応と合わせて引き続き検討を進めて参ります」と述べた。

今回の議論では、枝野代表が「再配分なくして成長なし」との考えに沿ったビジョンを示したことで、経済成長を重視しつつも一定の再配分政策はとってきたと自負する安倍首相と、アベノミクスは格差を拡大させただけであり、高所得者の負担をより大きくする強力な再配分政策が必要だと主張する枝野氏という構図が明確になった。

安倍政権の現在の政策や今後打ち出す政策が適切かどうかと合わせて、枝野氏の掲げた方針が適切か、急進的なのか否かといった議論も活発化されると、次期選挙での選択の一助になるかもしれない。また、今回枝野氏が深入りしなかった消費税についての議論も含め、様々な疑惑をめぐる質疑と並行してでも、暮らしの未来をめぐる有意義な政策論争が展開されることをも期待している有権者は多いのではないだろうか。

(フジテレビ政治部)

「取材部」全ての記事を読む
「取材部」全ての記事を読む
政治部
政治部

日本の将来を占う政治の動向。内政問題、外交問題などを幅広く、かつ分かりやすく伝えることをモットーとしております。
総理大臣、官房長官の動向をフォローする官邸クラブ。平河クラブは自民党、公明党を、野党クラブは、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会など野党勢を取材。内閣府担当は、少子化問題から、宇宙、化学問題まで、多岐に渡る分野を、細かくフォローする。外務省クラブは、日々刻々と変化する、外交問題を取材、人事院も取材対象となっている。政界から財界、官界まで、政治部の取材分野は広いと言えます。