いいとこ取りの虫のいい話

 
 
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ヘンリー王子とメーガン妃は、1月7日にカナダ・バンクーバーでの休暇を終えてイギリスに戻った。翌日8日に、2人はインスタグラムで高位王族から引退するとの爆弾発言を行った。エリザベス女王は、当日テレビのニュースで知ったそうだ。内容は、自分たち二人は英王室のシニア・ロイヤルを退き、経済的に独立した生活を送りたいというもの。これに、イギリス国民はわきたった。革新的な夫妻らしい決定で、潔さに感心された。

しかし、読み進めると何かおかしい。税金はいらないといっているものの、それはヘンリー王子の収入のわずか約5%、1500万円ほどに過ぎない。残りの95%は、父親チャールズ皇太子のコーンウォール領などからの収入で、こちらの3億円近い金額は、今まで通り受け取る。税金は受け取らないので、公務は減らす。公務の出欠は自分たちの都合に合わせて選択する。これは虫のいい話で、いいとこ取りではないか。しかも、英王室の称号を手放すことなくイギリスと北アメリカを住み分けるという。

しかしイギリス王室は18日、夫妻が今後、王族の称号を失い一切の公務から退くとして、王子夫妻の意向を受け入れない姿勢を示し、ヘンリ―王子は自身のインスタグラムで「王室を去ることは大変悲しい」と初めてこの問題について心境を語った。

自身のインスタグラムで「王室を去ることは大変悲しい」と気持ちを吐露したヘンリー王子
自身のインスタグラムで「王室を去ることは大変悲しい」と気持ちを吐露したヘンリー王子

在位70年 世界最長在位期間を誇る女王の知恵

世界で最長在位期間を誇るエリザベス女王
世界で最長在位期間を誇るエリザベス女王

動いたのは、エリザベス女王だった。発表からわずか5日後の13日に、王室の別邸サンドリンガムにチャールズ皇太子、ウィリアム王子、そしてヘンリー王子を招いて、ロイヤル・サミットを開いたのだ。ランチを終えた午後2時から3時間の予定で、サンドリンガム邸のロングライブラリー(図書室)の長いテーブルに顔を揃えた。

異例の緊急家族会議は3時間はかからず、女王はアフタヌーンティーをいただく午後5時前に声明を発表した。まずは、93歳の女王のリーダーシップに称賛の声があがった。すでにこの件について報道合戦が過熱しており、連日世界中で事の成り行きが発表された。王室スキャンダルは、時間が経てば経つほど悪化すると女王は考えた。あらぬ憶測が飛び交い、真実は遠くかすんでいく。英王室全体のイメージはあっという間に落ちるだろう。トラブルは一刻も早く解決への道筋を立ててしまうことが肝心なのである。女王はもうすぐ在位70年を迎える。世界で最長在位期間を誇る女王の経験からくる知恵かもしれない。

「王冠を賭けた恋」の結末は・・・

王族の引退は、実はヘンリー王子が初めてではない。およそ80年前に、イギリスの国王エドワード8世の例がある。8世は、エリザベス女王の父の兄にあたる。8世は、当時社交界の花形だったシンプソン夫人と結婚するために、1936年に退位を決断した。国王を続けるか愛する人との結婚を取るかの選択を迫られ、8世はシンプソン夫人との結婚を選んだのだ。この話は「王冠を賭けた恋」として、ロマンチックな美談にされている。しかし、2人の生活はハッピーエンドではなく、8世は国王への返り咲きをもくろんだようだ。当時イギリスとは敵対関係にあったドイツ・ナチスに接近したとも言われている。イギリス国民の怒りもあって、8世は故国には帰れず、フランスでガンで亡くなると、エリザベス女王が遺体をイギリスの王室墓地に埋葬した。こうした前例から、王族の引退は決して好ましいとは捉えられていない。

女王がのぞかせた祖母の顔

引退しても家族の一員であることには変わりがないことを表す優しさも・・・
引退しても家族の一員であることには変わりがないことを表す優しさも・・・

今回のヘンリー王子の爆弾発言に対して、女王の出した声明は、ずっと王室の一員として活躍してほしかったけれど、2人の決定を認め理解するという寛容なものだった。まず女王は、スキャンダルの沈静化を図り、過熱した報道合戦に冷却期間を設けたのだ。ただ、公金(税金)は使用しないことを確認したのが目立った。国民のアンケート結果は、半数ほどが退位に賛成し、反対は3割に届かなかった。メーガン妃の浪費ぶりや王室の伝統や習慣になじまない言動は、国民の批判を呼び、これ以上は無理との判断なのだろう。女王は文中、「ハリー」「メーガン」とファーストネームで呼びかけ、引退しても家族の一員には変わりないことを示す祖母の顔をのぞかせた。

二人のチャレンジは始まったばかり

メーガン妃が暮らしているとみられるカナダの豪邸
メーガン妃が暮らしているとみられるカナダの豪邸

ただ、女王も述べた通り、課題が多い。カナダとイギリスに住み分けるというが、税金が二つの国から請求されることもありうる。警備費は一年に1億円ほどもかかる。カナダ滞在中はカナダ警察がカナダ国民の税金で行うが、国民からすでに反対の声が上がっている。このように解決が難しい問題が山積みだが、メーガン妃はあっという間にバンクーバーに戻り、ヘンリー王子はロンドンで開かれた2021年ラグビーワールドカップの組み合わせ抽選会に出席した。

今後は、ロイヤルサセックスの商標登録したグッズ販売、ディズニーのナレーション役、講演など、経済的自立を実現させるビジネスが成功するか、2人のチャレンジは始まったばかりである。

【執筆:英国王室ジャーナリスト 多賀幹子】

多賀 幹子
多賀 幹子

英国王室ジャーナリスト 元お茶の水女子大学講師 企業広報誌の編集長を経てフリーのジャーナリストに。女性、教育、社会問題、異文化、王室をテーマに取材。著書に『ソニーな女たち』『親たちの暴走』『うまく行く婚活、いかない婚活』などがある。