女子バレー元日本代表の栗原恵が初告白する“空白の期間”にあったこと

  • 高校生で日本代表。“メグカナコンビ”で注目集める
  • 4年前の“空白の期間”にあったこと初告白
  • 再びコートに立つことを祈って…病を克服

華々しいデビューもあれば、競技から離れるアスリートもいる。

1月19日(日)放送の「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系)では、2019年に惜しまれつつも現役を引退したアスリートたちが登場し、現役生活を振り返った。

プロ14年目に襲った病…

女子バレーボール元日本代表のエース、栗原恵さん。

2001年に高校生で日本代表に選出され、身長187センチからのアタックを武器に、すぐに頭角を表わし、“メグカナコンビ”で旋風を巻き起こした。

さらに、アテネ五輪、北京五輪と2大会連続で五輪にも出場。

栗原さんのバレー人生は順調に続くと思われたが、プロ14年目の2016年9月、栗原さんはある病に襲われた。4年前、体調不良を理由に数ヵ月にわたる休養を取っていたタイミングだ。

「リーグ開幕前に激しい頭痛があって、ある日、テーピングを巻こうと下を向いたときに、自然と涙がバーって痛みから出るようになって。母にも連絡したときに『それ、脳の症状なんじゃない?』と言われて、信じたくない気持ちと恐怖心から病院に行くのをためらっていたら、トレーナーに半強制的に連れて行かれる形で病院へ行きました」と栗原さんは語る。

そして、医師から告げられた病名は「脳血栓」。

血栓とは血管の中でできる血液の塊のことで、その塊ができると血の流れが悪くなり、さまざまな疾患の原因となってしまう。その血栓が脳の血管を塞いでしまう疾患が「脳血栓」だという。

最悪の場合、死に至ることもある極めて危険な病気であるため、栗原さんは緊急入院を余儀なくされた。

病名を告げられたときのことを栗原さんは「実際に医師から麻痺が残った人がいるという話を聞いたときに、ちゃんと日常生活が送ることができる状態になるのかと、お話を聞いたときはパニックでした」と振り返る。

それ以上に慌てたのが、栗原さんの母・厚子さん。住んでいる瀬戸内海の能美島から7時間以上かけて病院まで駆けつけた。

当時、栗原さんは32歳。年齢的にも即引退してもおかしくはない重い病気のため、チームにも迷惑を掛けると思った栗原さんは引退することを決断。「給料泥棒だなと思っていたので、早く解雇してくださいとお願いしたんですけど、『来年頑張ってくれればいいよ』と言われて、その言葉がすごく支えになりました」と明かした。

「病気を語らずして現役生活はない」

周囲のサポートもあり、栗原さんは現役を続けることを決め、もう一度コートに立つためのリハビリを開始。「病院の屋上を散歩するところから始まり、階段で屋上に上がるとか。退院しても家の周りを散歩するところから初めて、10分、20分、30分と増やしていきました」。

その後、筋肉も落ちてしまった栗原さんは、徐々にウェイトトレーニングなどを始め、復帰を目指していった。

そして、入院から4ヵ月後の2017年1月、栗原さんは病に打ち勝ち、コートへと戻ってきた。当時のことを「信じられなかったです。本当にまたコートに立つ日が来るとは思わなかったし、こんなに順調に復帰できるとも自分は正直思ってなかった」と振り返る。

栗原さんの担当医・水戸協同病院の医師は、栗原さんの復帰について「(ここまで復帰するという例は)ないと思います。まず文献もないし、世界でもないと思います」と驚いていた。

「脳血栓」という命に関わる病を乗り越えた栗原さんは、その後2シーズン、現役生活を続け、昨年5月に引退した。

スタジオでは、栗原さんを見守り続けた母親からの手紙も届く。その手紙が読み上げられると、栗原さんは涙ぐんだ。

番組MCの浜田雅功さんから、打ち明けてくれた理由を聞かれた栗原さんは「葛藤はありましたが、何も公表せずに3~4ヵ月の間チームを離脱して、空白の期間ができて、ファンの方にも申し訳ないと思っていた。今回、現役生活を振り返る中で、この病気を語らずして自分の現役生活はなかったと思いますし、感謝の思いが強くなった」と告白に至った背景について明かしてくれた。


『ジャンクSPORTS』毎週日曜日夜7:00~8:00放送

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