働き方改革に期待されることの一つが、長時間労働の是正だ。

2019年4月から順次施行されている働き方改革関連法では、残業時間に月45時間・年360時間まで(特例あり)という上限も導入された。

「残業はよくないもの」という意識が浸透した職場もあるだろうが、その一方で「早く帰ること」ばかりが重視されてはいないだろうか?

結局のところ、終わらない仕事は誰かがどこかでカバーしなければならない。従業員を早めに帰らせたことで、業務の押しつけや持ち帰り残業が発生しては本末転倒だろう。

時間外労働の上限規制(厚生労働省ウェブサイトより)
時間外労働の上限規制(厚生労働省ウェブサイトより)
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こうした中、従業員の労務管理と仕事量そのものを見直す取り組みで成功している企業がある。クラフトビール醸造メーカーの「ヤッホーブルーイング」だ。14期連続で増収増益するなど業績も好調だが、出社や退社のタイミングを従業員の裁量に任せていて、定時前でも帰れるというのだ。

なぜこのような働き方をしているのだろうか。人事総務の責任者である、長岡知之さんにお話を伺い、その秘密と目的を探ってみた。

「会社に8時間いなくてもいいよね」

――定時前に退勤できるって本当?

本当です。規定の勤務時間は8:30~17:30(休憩1時間)ですが、定時前の退勤だけでなく、遅出や中抜けもできます。当社は従業員が自立して働くことを大切にしていて、残業したら翌日は早めに帰るような働き方でもいいんです。「会社に8時間いなくてもいいよね」という考えです。

逆に「残業するな」などと、退社を強制することもありません。法的な規制ラインは厳守しますが普通に残業もします。残業時間はフルタイム勤務の従業員で、月間で約20時間程度です。


――定時前に帰ったり遅出するための条件などはある?

自分が所属するユニット(一般企業の「○○課」)などに、帰ることや遅出することを情報共有しておくことくらいでしょうか。個人的な理由でも大丈夫です。「歯医者に行くので帰ります」「子どもの音楽会があるので抜けます」といって、帰ったりしていますよ(笑)。

人事総務の責任者・長岡知之さん
人事総務の責任者・長岡知之さん

――他の従業員に負担がかかるのでは?

人員配置や仕事量には気を配り、常に余裕を持たせています。従業員のキャパシティーを100%とすると、通常業務の負担は70%までにとどめて、後は会社のプロジェクトやコミュニケーションに役立ててもらうイメージですね。チームで仕事を進めることを大事にしているので、担当業務を誰かがバックアップできたり、他のユニットから人を呼べるようにもしています。


――従業員の負担はどう管理している?

週1回程度の頻度で、各従業員とユニットリーダーが1対1で話し合う機会を設けています。ここで業務状況や負担に危険な兆候があれば報告してもらい、負担調節などを行います。特定のユニットに責任を取らせるのではなく、会社全体で負担を分散することを大切にしています。

加えて、従業員の勤怠状態は人事部門が2週間単位でチェックします。勤怠、休憩、休日出勤、時間外労働などを確認して、「この働き方は大丈夫か」などと早期に干渉もしていますね。


なお、定時前に帰るなどして所定労働時間である「1日8時間」を下回った場合、早退や遅刻扱いとなる。従業員の人事評価には影響しないが、その労働時間分の給料は減るとのことだ。これらの柔軟な働き方には、過去に直面した苦労が影響しているという。

「多忙→離職→陰口」負の連鎖に陥った過去

――なぜ、定時前でも退勤できるような働き方をしている?

ビールという楽しい商材の魅力を知ってもらうには、従業員が楽しく働くことが大切だと思っています。ですが実は、2009年ごろにつらい時期がありました。当時は会社が成長過程にあって忙しかったのですが、長時間の残業が常態化していたのです。

私も受注と出荷を担当していたのですが、深夜まで仕事が終わらないことがありました。当時の従業員は30人ほどでしたが、残業が月100時間を超える人も数人はいましたね。
(※現在の従業員は約140人)

その結果、離職が止まらずに新たに採用した人間までも次々と辞めていき、従業員同士で悪口などを言い合うような険悪な雰囲気になってしまいました。働きがいのある会社とはほど遠かったですね。この状態を重く見た社長(井手直行さん)が方針を大きく変えたんです。この取り組みの一環として、現在のような働き方となりました。

社長の井手直行さん(右)は従業員の働きやすさを何より大切にしているという
社長の井手直行さん(右)は従業員の働きやすさを何より大切にしているという

――具体的にはどう変わったの?

物事の優先順位を「1に従業員、2にお客さま」と考えるようになりました。売上も大事だけど従業員の過重労働につながってはいけないと、営業部門を止めることもありましたね。従業員が働きやすい会社とするため、会社も現場もいろいろなことに取り組みました。振り返ると、ここがターニングポイントだったのではないでしょうか。


長岡さんによると、働きやすい環境を作るためにこのような取り組みが行われたという。

【ヤッホーブルーイングの取り組みの一例】

・商品受注のセーブ
従業員の過重労働につながりそうな商品受注はセーブする。目先の売上にとらわれない

・従業員の業務負担、人員配置に余裕を持たせる
業務負担をかけ過ぎない。従業員には常に余裕をもった状態で働いてもらう

・業務のアウトソーシング化
注文処理など外部委託できるものは委託する。労力は顧客対応や商品開発に使う

・採用を妥協しない
企業理念にマッチングした人材でなければ、人手不足でも採用しない。早期離職を防ぐ

・労働時間の削減
クラウドシステムの導入や業務工程の効率化などで、削減できる労働時間は削減する

ヤッホーブルーイングが目標とする仕事と家庭・プライベートの好循環
ヤッホーブルーイングが目標とする仕事と家庭・プライベートの好循環

そして、これらの取り組みは従業員のアイデアで実現したことも多いとのこと。例えば、酒類を扱う企業は酒税管理のため、毎日、システム上の在庫量と実際の在庫量が照合しているかを管理する必要があり、ヤッホーブルーイングの場合は事務所と倉庫間の連絡が負担となっていた。

ここに従業員の発案で、同時編集できるクラウド型表計算アプリ「スプレッドシート」を活用したシステムを導入したところ、在庫が自動照合できるようになり、ユニット(担当社員3人)で月間250時間の残業が削減できたという。


ヤッホーブルーイングの現在の働き方は、会社と従業員が一体となって、労働環境の改善に取り組んだ結果といえるだろう。それでは、一般企業が参考とできるところはあるのだろうか。続けて話を聞くと、意外な答えも返ってきた。

従業員が自己開示しやすい環境を

――企業が労働環境を改善するには、何が大切だと思う?

社内全体のコミュニケーションだと考えています。これが不足していると、従業員に重い負担がかかっていても気付きにくく、働き方に関する意見やアイデアも出てきません。売上や顧客満足に走るのではなく、フラットに議論できる状態を作ることではないでしょうか。

当社の場合は、従業員が自己開示しやすい環境を整えるようにしています。例えば、朝礼は偉い人の話を聞く場所ではなく、自由に話せる場所。ここで「早めに帰ります」と伝えても大丈夫です。何気ないやり取りをしただけでも、業務上のコンタクトは取りやすくなるものです。

コミュニケーションの手段は、人数や求める質の程度で使い分けるという
コミュニケーションの手段は、人数や求める質の程度で使い分けるという

ヤッホーブルーイングはさまざまな形で、この自己開示に取り組んでいる。

例えば、社内全ての従業員をニックネームで呼び合う「ニックネーム制」には、従業員同士の距離を縮める効果があるといい、社長の井手直行さんも「てんちょ」の愛称で呼ばれている。

従業員が社内の課題などを提案できる「プロジェクト制」もその一つ。アイデアを出しやすい雰囲気を作るとともに、ユニットの垣根を越えた交流にもつながるという。

ヤッホーブルーイング・東京営業所
ヤッホーブルーイング・東京営業所

このほか、東京営業所には、長野・佐久醸造所とのテレビ電話が常時接続されているが、これも映像をつないでおくことで、オフィス間が疎遠になることを防ぐ狙いがあるという。コンタクトしやすいことから、業務の効率化にもつながっているとのことだ。

その一角には、長野・佐久醸造所と常時接続されたテレビ電話が置かれている
その一角には、長野・佐久醸造所と常時接続されたテレビ電話が置かれている

――働き方改革に悩む企業に伝えたいことはある?

働き方改革と言われると残業の規制に走りたくなりますが、大切なのはチームで仕事を成し遂げられるかどうか。「早く帰るように」と圧をかけるのではなく、従業員が自分で働き方を設計できるように、考えられる環境を整えてあげることが必要なのではないでしょうか。

ヤッホーブルーイングの取り組みでは、定時退社を面白おかしく啓蒙する「定時退社協会」が有名だが、これも定時退社を強制しているのではなくて、「早く帰れる日もあっていいよね」という思いが込められているという。

残業時間だけにとらわれるのではなく、従業員が働きやすいと思える環境を作ることが、働き方改革の近道かもしれない。

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プライムオンライン編集部
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