受診回数や入院日数が圧倒的に多い日本

「市販類似薬は保険対象外」――12月1日の産経新聞の見出しである。これまでは病院で処方されていた風邪薬、花粉症治療薬、湿布薬、皮膚保湿剤、漢方薬などは保険対象外になるという。この背景には何があるのか。

まずはこのグラフを見ていただきたい。

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厚生労働省の検討会で用いられた資料だが、諸外国に比べて、日本人の一人当たり受診回数や入院日数はダントツに多い。受診回数はアメリカの3倍、入院日数に至っては5倍以上に上る。これは日本人が「不健康だから」ではない。日本は国民健康保険制度によって、医療や薬にかかる自己負担が少ない。しかも、風邪薬や花粉治療薬、湿布などは、薬局で市販品を買うよりも、病院を受診して、処方箋をもらって薬を購入したほうが安く手に入る。これも過剰な受診を招く要因の1つになっていると考えられてきたため、今回、見直しが行われたというわけだ。

また、診療報酬は「出来高払い」(”pay for service”という)であるから、受診する国民の側だけでなく、医療機関の側にも受診や入院を抑制するインセンティブがない。しかし、グラフにも示されている通り、日本の人口当たりの医師数や看護師数は決して多くない。これが医療者の長時間労働に繋がり、医療現場は疲弊してしまっているという現状がある。

診療報酬の「業績払い」導入と医療のICT化

このような国民の過剰受診と医療現場の超過労働の悪循環を指摘するのは、与党有志による「明るい社会保障議連」の第2回会合で講師を務めたメドレー(株)の代表取締役医師である、豊田剛一郎氏である。この問題を解決するために、豊田氏が提案した解決策は2つある。1つは、前回の会合でも議論になった、診療報酬の「業績払い」(“pay for performance”という)を導入すること。もう1つは、諸外国と比較すると圧倒的に遅れを取っている医療のICT化(電子カルテの導入やオンライン診療、治療アプリの利用等)である。

教育現場における「業績払い」の効果

前者の「業績払い」については、私なりの解説を試みたい。「業績払い」という発想は必ずしも医療に特有のものではない。企業では業績払いは当然のように行われているし、筆者が専門とする教育経済学分野でも、昨年の夏に「業績払い」が注目された。吉村洋文大阪市長(当時、現大阪府知事)が、「生徒の学力テストの結果を公立学校の教員の給与に反映させる」と発言したからだ。これはまさに、教育における「業績払い」であり、吉村氏の発言は大きな議論を呼んだ。

海外で行われた研究によれば、業績払いには主に次の2つの点に注意が必要である。

第一に、何で業績を測るかということである。海外の研究では、担任した生徒の学力テストの「水準」を教員給与に反映するという制度には効果がなかったものの、担任した生徒の学力テストの「変化」を教員給与に反映させるという制度では、生徒たちの平均的な学力テストの結果が改善したという研究が存在する。つまり、「業績」の定義によって、業績払いの効果は変わる。

第二に、業績に応じてどの程度の支払いをするのか、ということである。過去の研究では、十分に高額なボーナスが支払われることが約束された場合、生徒たちの平均的な学力テストの点数が上がったという研究がある一方で、中途半端な金額だとほとんど影響しなかったことが知られている。

出典:Imberman, S. A. (2015). How effective are financial incentives for teachers?. IZA World of Labor.
出典:Imberman, S. A. (2015). How effective are financial incentives for teachers?. IZA World of Labor.

*注
1.Imberman (2015)のP5のFigure 1を参考に、筆者が日本語訳した。
2. SDは標準偏差。学力テストは平均1、分散0に標準化した。1標準偏差は偏差値10に相当する。このため、標準偏差で0.24は、偏差値で2.4に相当。
3. 数学・国語における青字の数字は統計的に有意であることを示し、黒字の数字は統計的に有意ではない(=業績払いに学力を上昇させる有意な効果がない)ことを示す。

つまり、何を医療の「業績」として、その業績に応じてどの程度の支払いをすれば、医療分野における業績払いが効果的なのかについてのエビデンスが必要だ。実はこれらの点については、医療の業績払い制度を先行して推し進めている諸外国の研究をみても、いまだ議論が分かれている。また、議連の会合に同席していた厚生労働省の幹部からは「業績払いを導入すると、病院が利益にならない病気の治療を避けるようになる懸念がある。

日本の国民皆保険は、「すべての人が適切な治療や予防を支払い可能な費用で受けられる」というユニバーサル・ヘルス・カバレッジの理念とともにあり、日本の医療の基本であるということ。これは必ず堅持しなければならないから、業績払い制度とどう両立させていけばよいのか」という問題提起も行われた。この点も極めて重要なポイントであろう。つまり、すべての治療や予防に業績払いを導入するのではなく、どういう治療や予防に業績払いを導入すれば、国民の健康を損なわずに、医療現場の負担を軽減し、適正な医療費の配分ができるのかについて踏み込んだ議論が必要とされている。

【執筆:教育経済学者 中室牧子】

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中室牧子
中室牧子

慶應義塾大学総合政策学部 教授。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA, Ph.D.)。2013年から現職。著書「『学力』の経済学」は発行部数累計30万部のベストセラー。