11月22日午後6時、日韓軍事情報包括保護協定=GSOMIAが失効するわずか6時間前に日韓政府は電撃的な合意を発表し、すんでのところで失効は回避された。韓国に対して繰り返し強い口調でGSOMIA延長を求めたアメリカの圧力が影響したと考えられる。 日米韓の安保協力の象徴であるGSOMIAの失効が、一時的とはいえ回避されたのは日本の安全保障にとっては喜ばしい事だろう。

一方で、今回の問題を巡って浮かび上がった事がある。それは同盟国アメリカの圧力にギリギリまで抗った韓国政府の同盟観と、最後までGSOMIAは破棄すべきとの意見が過半数を占めた韓国の対米強硬世論だ。「日本の輸出管理の問題でGSOMIA破棄を決めたのに、なぜ韓国にだけ圧力をかけたのか」という韓国のアメリカへの不満は燻るだろう。GSOMIAの危機は一旦回避されたが、対米感情の悪化という傷が残った。この傷が広がりかねない別の大きな問題がある。

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高まる韓国の反米感情

韓国では現在、反米感情が急速に高まっている。その背景の1つは、GSOMIA破棄決定に対するアメリカの 露骨な破棄撤回圧力だが、それ以上に反米感情が高まる要因になっているのが、在韓米軍の駐留費分担金問題だ。 韓国政府は在韓米軍の駐留費用の一部を払っていて、現在その額は年間およそ1兆ウォン、日本円で920億円余りだ。米韓両政府は来年以降の分担金をいくらにするのか交渉を行っているが、アメリカ側は一気に5倍以上となる50億ドル、日本円でおよそ5400億円を要求した。

この法外な分担金の値上げは、トランプ大統領の意向とみられる。アメリカ国内からも「やりすぎ」との批判が出るこの大幅値上げが、GSOMIAによって火が付いた反米世論にガソリンを注いだ。安保よりも金の問題の方が身近なのだ。

文在寅大統領を支える与党「共に民主党」のスポークスマンは11月20日、ハリー・ハリス駐韓アメリカ大使が50億ドルを支払うよう圧力をかけたと主張し「あまりにも傲慢」「こんな無礼な大使は初めてだ」「ハリス大使がいる限り、米国大使館に食事に行かない」などと強く非難した。同盟国の大使に対して使う言葉としては、相当な強さだ。

ハリー・ハリス駐韓アメリカ大使
ハリー・ハリス駐韓アメリカ大使

メディアも黙ってはいない。文政権を支持する革新派の京郷新聞は11月15日に社説で「トランプ政権の利己的で思慮の浅い振る舞いは韓米同盟に対する韓国国民の疲労感を募らせるだけだ」と強く批判した。同じく革新派のハンギョレ新聞は11月21日の1面の見出しでトランプ大統領を「マフィアのようだ」と書いた。

革新派だけではない。文政権に反対する保守派・朝鮮日報も11月13日の社説で「とんでもない要求には応じることはできない」と批判し、アメリカの合同参謀議長が「アメリカがなぜ同盟国のために人命と財産を犠牲にするのか」と問題提起した事を分担金増額への圧力と捉え「韓国国民は北朝鮮と中国とロシアからの安全保障のために核武装をはじめ全ての決断を下すしかない。それならば韓国に在韓米軍は必要ない」とまで言い切ったのだ。

韓国の保守派は基本的に親米だ。その代表格である朝鮮日報が核武装まで持ち出したのは、米韓関係の悪化どころか、米韓同盟が大きく揺らぐ状況、具体的には在韓米軍の撤収すらあり得る状況への大きな危機感の表れだと言える。

アメリカのエスパー国防長官と韓国の鄭 景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相
アメリカのエスパー国防長官と韓国の鄭 景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相

現実味を増す在韓米軍の縮小・撤退

朝鮮戦争が休戦を迎えた直後の1953年10月、韓国はアメリカと「米韓相互防衛条約」を締結した。それから66年。韓国側が「血盟」と呼ぶ米韓同盟について、ある保守系の韓国人研究者は「米韓同盟は締結以来最悪の状態にある」と評した。アメリカが韓国に大きな不信感を抱いているのがその理由だ。韓国不信の背景には、GSOMIAの破棄の決定、南北融和に拘る対北朝鮮政策、中国囲い込みのためのインド・太平洋戦略への参加を渋るあいまいな態度などがあり、複合的だという。

そのアメリカが、駐留費分担金問題がこじれる中で、在韓米軍の削減を匂わせてきた。アメリカ国防総省のトップであるエスパー長官は11月19日、訪問先のフィリピンで、駐留費分担金交渉がまとまらない場合、在韓米軍を縮小するのかと記者に聞かれ「私は我々がすることもあれば、しないこともある事案について予測や推測をしない」と発言したのだ。やや分かりにくいが、エスパー長官は11月13日に在韓米軍の削減について質問された際には「削減の必要は無い」と断言していただけに、19日の発言は削減もあり得るとも取れるものだ。

前出の保守系専門家も「在韓米軍は9カ月単位でアメリカ本国からローテーションで部隊を韓国に配置しているが、部隊の派遣を止める事で自然に在韓米軍を減らす事が出来る。この削減は、一般の韓国国民は気が付かないまま進める事も可能だ」と話す。そもそもトランプ大統領も2018年6月にシンガポールで行われた第1回米朝首脳会談後の記者会見で、将来的な在韓米軍の縮小や撤収の可能性にまで言及している。在韓米軍削減は、決してあり得ない話ではないのだ。

このエスパー発言に敏感に反応したのは、韓国の保守系メディアだ。中央日報は「在韓米軍縮小は時間の問題」との専門家の声を伝え、朝鮮日報は「交渉が上手くいかない場合に備えて、在韓米軍1個旅団3000~4000人の撤収案を検討している」とのワシントンの外交消息筋の衝撃的な話を報じた。この朝鮮日報の報道については、アメリカ国防総省が誤報であると否定した。ロイター通信によると、エスパー長官自身も「我々は同盟を威嚇しない。これは交渉だ」と否定したという。

具体的な在韓米軍削減案は否定されたが、発端である分担金交渉は11月19日に決裂していて、50億ドル要求問題は今後も続く。GSOMIA廃棄を一度は決めた韓国に対するアメリカの不快感とも相まって、今後米韓関係は一層悪化する見通しだ。在韓米軍の削減や撤収は、今後も燻り続ける可能性がある。

資料:在韓米軍の戦闘機
資料:在韓米軍の戦闘機

在韓米軍撤退に向けた備えはあるのか

韓国が8月にGSOMIA破棄を発表した時、日本やアメリカ、そして韓国国内からも「まさか破棄するとは思わなかった」という声が溢れた。GSOMIAを破棄するのは韓国にとってほとんどメリットが無く、あまりに不合理であるからだ。しかし、韓国政府は破棄を決めた。あり得ないと思った事が起きたのだ。在韓米軍の削減や撤収も、アメリカ軍の存在によって安全が保障され、経済活動をする際の地理的なリスクも減らす事が出来る韓国側のメリットや、対中国の最前線として韓国に部隊を置くアメリカ側のメリットを考えると、あり得ないと考えがちだ。

しかし、GSOMIA破棄を決めた韓国政府の判断力と韓国内で高まる反米感情や、法外な分担金増額を同盟国に求めるアメリカの姿勢を考えると、可能性がゼロとは言い切れないのではないか。GSOMIAの破棄や、在韓米軍の削減や撤廃は、文大統領がラブコールを送り続けている北朝鮮が望んでいる事でもある。米韓関係の悪化がコインの表なら、その裏側は南北関係の改善という見方もあるのだ。

文大統領は11月19日、出演したテレビ番組の中で「韓国は日本の安保に大きな助けになっている。韓国は防波堤の役割をしている」と述べた。日本が中国や北朝鮮と向き合う際に、韓国が防波堤になっているというのは事実だろう。その防波堤が決壊したら、日本は中国と北朝鮮の脅威に直面する事になる。それに加えて、韓国までもが日本と軍事的に対立する立場に変われば、日本の安全保障環境は遥かに厳しいものになるだろう。安全保障に想定外があってはならない。在韓米軍が撤退した時に日本をどう守るのかを、具体的に考える必要があるのではないか。

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執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘

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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。