「誰がやっても同じ」入社二年目で直面した人生の悩み
都内の大手・外資系コンサル会社で働く清水美由紀さん(24)は、当時、プライベートでも仕事でも悩んでいた。
「形にないものを、ロジックを組み立てて明確にし、形にしていく」ことに最大の魅力を感じ、やる気に満ちあふれて入社したいまの会社だったが、二年目を迎え「別の人が私と同じ仕事をしても、同じ結果を得られるのではないか…」とふさぎこむようになってしまった。
プライベートではずっと好意を寄せていた男性が、一向に振り向いてくれなかった。
「このままではだめだ。何か新しいこと、自分が夢中になれる、仕事以外のことを探そう」と思い直し、たどり着いたのが未経験ながらも以前から興味があった「ボランティア」だった。ネットで検索し、美由紀さんの目にとまったのが「傾聴ボランティア」
デイサービスを利用する高齢者の話し相手になるボランティアだ。元々おばあちゃん子だった美由紀さんは「おじいちゃん、おばあちゃんと交流を持ちたい。これなら私にもできる」とすぐさま応募した。2019年1月のことだった。
このボランティアはある事業の「試験募集」であったことを、当時の美由紀さんは知るよしもなかった。
猫の人形を本物と思い込むおばあちゃん
東京・台東区のデイサービスで話し相手となったのは108歳のおばあちゃん。認知症の彼女は、抱いている猫の人形を本物と思い込み、いかにこの猫がかわいいか、同じ話を延々と清水さんに繰り返したのだが、とにかく楽しそうだった。
美空ひばりのファンの90代のおばあちゃんからは、戦争で夫を亡くし、戦後なにもないところから必死に生きてきた話を聞いた。普段の生活では絶対に出会わないひとたちとの会話は、清水さんにとって新鮮なものだった。
このたった1日の経験で、清水さんは「介護業界」や「認知症」に対するイメージが変わったという。
これまでは親から「ボケたら終わり」とずっと聞かされていたことで、「介護」「認知症」に暗いイメージしかなかったのだが、思っていたよりも高齢者のひとたちは楽しそうだったのだ。男性の利用者は「若いねーちゃんがきた!」とウキウキしていたという。
「お年寄りにも楽しみはあるんだ」という当然のことに気づかされたのだ。そしてなにより、その「楽しみ」に自分が貢献できたことがうれしかった。彼女の自信につながった。
実は、これこそが、この「試験募集」の狙いのひとつだったのだ。
介護業界の人手不足解消につながる“アルバイト”
この「ボランティア」は2ヶ月間の試験運用を経て2019年3月、「スケッター」(運営:株式会社プラスロボ)というサービス名で本格運用を開始。現在、介護業界の人手不足解消のひとつになるのでは、と注目されている。
「スケッター」は「介護業界に興味はあるが介護の資格がない」ひとに対し、「介護施設での短期の仕事」をマッチングするサービスだ。
施設では、資格が必要ではない業務が多々ある。食器洗いや資料作成、麻雀などの対戦相手、清水さんが応募した傾聴もそうだ。人手不足のなか、資格保有者が、資格が必要とされる業務以外に忙殺されると、全体のサービスが低下してしまう。それならば、そうした資格外業務を「施設での仕事に興味があるひと」にやってもらったらいいのではないか、との思いで始まったサービスだ。仕事内容や施設によって異なるが、1つの仕事2時間程度で1500円〜3500円が相場。
介護とは無関係の「異業種」の人たちが、介護業界に携わるようになり、利用者が増えれば介護に関わる人口、裾野が広がっていく。そして、介護に対する偏見やイメージがよくなっていけば、さらにサービス利用者も増え、人手不足解消につながるのでは、という思いが込められている。
清水さんが応募した「傾聴」体験による心の変化は、狙い通りだったのだ。さらに、清水さん自身の自信につながったのはうれしい副産物だった。
「ロボットよりボランティアに来てほしい」
「スケッター」を運営する鈴木亮平さん(27)は、元々IT系ニュースサイトの記者として、ロボット業界を担当していた。「テクノロジーで生活がどう変わるのか見てみたい」と、なかでも介護ロボットに興味を持っていた。
やがて、鈴木さんは起業し介護ロボットの販売代理店をはじめたのだが、まったく売れなかった。そして現場から衝撃のことばを聞く。
「ロボットよりボランティアに来てほしい」
これこそが現場の生の声だった。
そこで鈴木さんはもう一度、一から介護業界のリサーチをし、たどり着いたのが「スケッター」のサービスだった。
資金がなかった鈴木さんはクラウドファンディングを実施。「2ヶ月で100万円」を目標としたのだが、世界各地に展開する大手製薬・バイオテクノロジー企業に勤める40代の主婦が鈴木さんの理念に共感しポンと100万円を寄付。そのおかげで、わずか10日で目標額を達成した。ちなみに、この主婦は驚くほど年収が落ちるにもかかわらず、会社を辞めて、鈴木さんの運営側にまわった。
11月現在、スケッターとして640人、事業者は70施設が登録していて、月間80人~100人が稼働しており、登録者は毎月100人ペースで増えているという。3年後にスケッター6万人、3000施設の登録が目標だ。いまはまだ大赤字。「生き残れるかどうか、いまが正念場」と鈴木さんは表情を引き締める。
知名度が低いのが足かせとなっている。しかし、運営側にまわってくれた主婦がいたように、味方はたくさんいる。なにより、施設側が「新しいコミュニケーションが生まれ、利用者が喜んでくれている。求人誌に広告を出すよりも費用が安く、さらに応募者の頭数が抜群に増える」と大歓迎なのだ。
ちなみに、美由紀さんは…その後、数々のほかのボランティア体験を経て、いまはコンサル会社でバリバリ働きつつ、スケッターとして数ヶ月に一度、現場に立っている。なぜ現場に立つ頻度が低いのかというと…主婦の方と同じく、理念に共感し、鈴木さんの運営を手伝っているからだ。
スケッターとしての手伝いから、施設に正式に採用された人たちも数多く誕生している。鈴木さんの狙い通り、少しずつ、しかし確実に、異業種の介護業界への関心の輪は広がっている。
(執筆:フジテレビ プライムオンラインデスク 森下知哉)