男女である前に“一人の人間”であることを諦めない これぞフランス流夫婦のカタチ

カテゴリ:ワールド

  • 結婚前の「お試し期間」PACSというフランスらしい愛の形
  • 2組に1組が離婚するフランスだからこそ
  • どんな形でも偏見のない社会

フランスにおける愛の形イロイロ

フランスにおけるカップルの形は、大きく3つに分けられる。
・同棲(union-libre またはconcubinage)
・連帯市民契約(PACS)
・結婚(mariage)
という分類だ。

連帯市民契約(PACS:pacte civil de solidarité)は、1999年11月から始まった制度で、性別に関係なく成年に達した二人の個人の間で、安定した持続的共同生活を営むために交わされる契約だ。もともとは同性婚が認められていなかった時代に、公式なパートナーとしての権利を保障するためにできた制度だった。結婚したカップルが離婚する場合には、お金や時間がかかる上、煩雑な手続きが必要であるのに比べて、PACSの場合は、裁判所に絶交届けを提出するだけで済む。こうした手続きの簡便性から、異性同士のカップルが多く利用するようになった。社会保障や税額控除も結婚したカップルと同じように保障されるため、ただの同棲よりも安定していながら、関係の解消が簡単であるのが人気の理由だ。結婚の前段階の「お試し期間」という位置づけで、まずはPACSから始めて、子供ができたら結婚するカップルも多くいる。

2組に1組が離婚するフランス

個人の意思を尊重するフランスでは、子供がいてもいなくても、愛がなくなる時が別れ時ということになる。国立人口統計研究機関によると、フランスではほぼ2組に1組のカップルが離婚の道を選んでいる。

出典:国立人口統計研究機関(Ined)より

日本では、「子供のために離婚を我慢する」という話を耳にすることがあるが、こうした考えは受け入れられない。親である前に、一人の人間であり、男性であり女性なのである。

愛がなくなったのに、何かのために婚姻関係を続けるのはナンセンス。

日本では、離婚後に母親が子供をなかなか父親に会わせないことがあり、父親が苦しむという話を聞く。しかし、フランスでは、離婚しても子供に会えなくなるという考えはない。離婚調停での取り決めに従う義務があるのは日本でも同じだが、子供に「会わせない」ことも「会いたくない」と言うことも社会的に許されない。隔週で金曜夜から土曜夜までは父親に会うとか、週の前半に母親と過ごし、後半に父親と過ごすなど、子供と会うための方法はカップルで決める。子供と会えなくなる心配もなく、愛のない生活を我慢せず前に進む。

日本では、離婚した人のことを「バツイチ」など非常にネガティブな言葉で呼ぶことがあるが、フランスの人たちにとっては、「バツ」ではなく、個人の自由のために選ぶとても前向きな選択なのである。

どんなカタチでも偏見がない社会

フランスの人たちは、他人のプライベートに踏み込まない姿勢を徹底して貫いている。

例えば、警察のトップであるクリストフ・カスタネール内務相が、きらびやかなシャンゼリゼ通り近くの飲食店で、妻以外の女性と抱擁し合う写真が雑誌にスクープされたときのことだ。通常の金曜日夜でも問題なのだが、この日の翌日には燃料税引き上げへの反対から始まった「黄色いベスト運動」のデモによる混乱が予想されている状況だった。

そうした中で起きた、治安を司るトップの女性スキャンダルだったのだ。しかし、カスタネール内相が放った言葉は、「これは、私のプライベートの話であり、家族の話だ。尊重してほしい」というものだった。日本ならば、大臣が辞任する局面だが、この件についてこれ以上追及されることはなかった。

有名人のプライベートはどこでも大衆の興味の的になるが、フランスではこの点、日本と徹底的にちがう。よく言えば、他人を尊重していて、悪く言えば他人のプライベートに興味がないのである。従って、結婚していようが未婚だろうが、子供がいようがいまいが、「他人は他人」なのだ。

となりの家の夫婦がベビーシッターに子供を預けて遊びに行くのも、大いに結構なこと。「子供を置いて遊びに行くなんて・・」などと陰口を叩かれることもない。子供のためにお弁当を作らず、買ってきたものを持たせても、白い目で見られない。
子供がいるからと言って、“男”と“女”であることをやめるなど、理解されないことだ。

一人の人間であることを諦めない

一人の人間、一人の男、女であることを重視し、諦めない。結婚していても愛が消えれば別れ、何歳になっても新しいパートナーを追求する。つまり、恋愛においてフランス社会は常在戦場。「子供ができたから、オシャレはできない」とか、「子供がいるから母親らしくしなければいけない」、なんということは言っていられない。他人の目を気にしなくていいから、子供を産んでも“女”でいられる。

会社では、法律上、産休に入る前にいたポジションに戻ることができるため、“女”も仕事も捨てずに母になれる。さらに、基本的には、子供を産む数が増えるほど国による経済的な援助が多く受けられるとあって、フランスでの出生率は1.9を記録し、 EU=ヨーロッパ連合諸国ので1位になった(2017年)。

一方、日本の厚生労働省が発表した人口動態統計によると、2018年に生まれた子供の数が過去最低を更新している。女性が生涯に産む子供の数にあたる合計特殊出生率は1.42で、政府が掲げる2025年までに出生率1.8にはほど遠い。

消費税20%という税率を国民が負担しているという前提はあるが、国公立での学費は、国が18歳まで完全に負担する上、大学生(EU圏内)の学費も年間170ユーロ=約2万円で済む。

フランスで子育てをする日本人女性からよく、「フランスでの子育てをおススメします!」と言われるのだが、調べれば調べるほど納得できるのである。このように、子育てにおいて金銭面での不安が少なくて済むことが、カップルが安心して子供を作れる大きな理由のひとつだ。

下着への飽くなき情熱

フランスの女性は、子供を産んだからといって、女性として大切な身だしなみを怠ることを嫌う。くり返すが、フランスは恋愛面において常在戦場である。子供に注意が行きすぎておしゃれを怠り、夫の目が外へ向くなんていうことがないように、女性らしくあり続ける努力をする。

こうした社会を反映するかのように、女性たちの下着へのこだわりには、目を見張るものがある。下着専門ブランドの多さや、形やデザインの多さに驚くばかりでなく、日本だと「こんな歳にもなって、なんて恥ずかしい」と言われそうな下着を入念にチェックするご年配のマダムが大勢いるのだ。さらに、パートナーの下着を買うため、一人で店を訪れる男性客を見ることも珍しくない。こうした状況だと、日本では他の女性客から少し警戒されてしまいそうだが、愛するパートナーのために男性が下着をプレゼントするのはごく当たり前のことなのだ。クリスマス前の店舗内は、ひとりで、またはパートナーと一緒に買いにくる客でいっぱいだ。

地下鉄でも、道の真ん中でも、橋の上でもどこでも、年齢は関係なく熱い抱擁をするカップルたちといった、「これぞフランス!」というイメージ通りの景色が広がり、それに対して後ろ指を指す人もいない。さらに驚くのは、誰もが見られるテレビで、子供もまだ寝ていない時間帯に、出会い系サイトのCMや性行為に関する商品のCMが放送されていることである。

男と女であることを存分に楽しむことができるから、子供を産むことへの躊躇がない。これがフランス流、「夫婦のカタチ」だ。

そこは、ベビーカーの場所です!!

夫婦のカタチから少し話がずれるが、社会全体で子供を守ろうという雰囲気は、日常的に強く感じられる。地下鉄やバスに小さい子供が乗ってくると、お年寄りに対してと同じように、誰かが必ず席を譲るものだ。帰宅ラッシュのバスに乗っていた時のこと。パリを走るバスの中央には、ベビーカー優先のスペースがあるのだが、そのスペースも埋まるほど人で混雑していた。

ところが、停留所に着いてドアが開いたとたん、双子を乗せたベビーカーを押した母親が「そこは、ベビーカーの場所です!」と大声で一喝。乗客は、身動きできないほど混雑したバスの中にも関わらず、何も言わずに移動して、なんとかスペースを作りだした。もちろん、誰も不快な顔をしないし、文句も言わない。子供は社会的な弱者であり、優先されて当然だからだ。

パリのバスの中「ベビーカーの場所」です (撮影:石井梨奈恵)

この状況で、「日本だったらどうだろう・・・」と想像してしまった。子育てをする親は、経済的な援助を受けられるだけでなく、子供を守るというしっかりとした意識に基づく社会に守られているのだ、と思った。

別の視点から言えば、これは職場でも同じこと。フランスの人たちにとって、就業時間の後はプライベートの時間であり、家庭があるのになんとなく飲みに行く、という習慣はない。もちろん、大事なビジネスディナーならば別だが、それですら、なるべくビジネスランチで済ます努力をする。飲み会を断ったら気まずくなるなどという事態は、フランスでは起こらない。プライベートは尊重されるべきであるし、仕事が終われば愛する家族やパートナーのところへ帰るのだ。

こうした社会全体の雰囲気が、夫婦あるいは家庭のあり方に安心を与え、また選択肢を広げていると感じる。

「こうであるべき」という窮屈さとは無縁の社会

30代半ばの友人女性が、日本から旅行でパリに来た時のこと。ミニスカートを手にして、「この年じゃ、こんなスカートを日本で着られないから、パリで着ようと思って!」と嬉しそうに話した。私はすかさず、「そんなことをフランスで言ったら、びっくりされる。もちろん、時と場所を考えた装いは必要だけれど、年齢は関係ない」と返した。

何歳になってもお洒落を楽しむパリの女性 帽子もストールも素敵!(撮影:藤田裕介)

年齢やステータスを理由に、着たいものを諦める必要はない。通勤のバスの中で出会う、高齢の婦人の指先に、真っ赤なマニキュアがぬられているのを見るのが、私は好きだ。ジャケット姿に素敵なスカーフで自分を演出し、女性に対して大胆にアピールしている高齢の男性を見るのも、なんとなく「いいな」と思う。

「私にとって、年齢なんてただの数字。意味ない」

「『大切なのは世間にどう見られているかだ』なんて思考の罠にはまったのなら、その人は危険な道の途中にいるわ」

おととし、亡くなったフランスの大女優ジャンヌ・モローさんの言葉だ。
結婚しても、子供を産んでも、年齢を重ねても、「こうであるべき」という一種の思い込みから解き放たれる社会を目の当たりにして、日本の女性ももう少し欲張りに生きてもいいのではないか、と思うのである。

【執筆:FNNパリ支局 石井梨奈恵】

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