病院がまるで異世界に...注射嫌いの子どもを救う“魔法のゴーグル”って何だ?

カテゴリ:国内

  • 苦手な子どもが多い病院に意外な“救世主”
  • ARやVRの映像を見ることで、注射や検査の恐怖を「ほぼ忘れる」ことができる
  • 医師「鎮静剤の使用量を抑えることにもつながるかも」

「子どもの頃に恐れていた場所は?」と聞かれたら、皆さんは何を思い浮かべるだろう。
医療関係者には申し訳ないが、筆者の頭に浮かんだのは病院だ。病気を治すために頑張ってくれているとは分かっていても、診察室の前で順番待ちしているときには気分が重かった。

診察中はドキドキしていた(画像はイメージ)

中でも、注射が恐かったという人は多いのではないだろうか。

予防接種や採血などで、これから注射針に刺されると思うだけでドキドキしてしまい激しく抵抗し、さらにチクッとするあの痛みに耐えられず泣いてしまった自身やお子さんの経験がある人もいるだろう。

そんな悩みを、意外な方法で解決している病院があることはご存じだろうか。

ゴーグルが子どもたちの“救世主”に?

それが、埼玉・日高市にある埼玉医科大学国際医療センター。
採血中の子どもが頭部に被っているのはなんと、VR動画の視聴などに使われる「ゴーグル」だ。

実際の利用場面。子どもが驚かないよう、小島拓朗医師(左)は採血のタイミングも伝える

これは「BiPSEE医療XR」と呼ばれる、映像視聴端末。「株式会社BiPSEE」が小児向けの医療支援システムとして開発したもので、1眼レンズのゴーグルに装着した専用のスマートフォンから、AR、VR、アニメーション映像を見せることができる。

「BiPSEE医療XR」。1眼ゴーグルと専用のスマホをセットで使う

埼玉医科大学国際医療センターでは、2019年10月にこれを導入。子どもの恐怖心をやわらげようと、小児心臓科に入院する子どもの採血時に利用しているという。ちなみに「BiPSEE医療XR」は、もともと、歯科医院などでの利用を想定して開発されたとのことだ。

なぜ、埼玉医科大学国際医療センターがこのシステムを導入することになったのだろう。子どもたちは、恐怖心からは解放されても、突然やってくる注射の痛みに驚いてしまわないのか。小児心臓科の小島拓朗医師に伺った。

子どもは処置に強い不安や恐怖を感じる

――「BiPSEE医療XR」を導入したのはなぜ?

小児特有の背景があります。子どもは処置を受けるとき、非常に強い不安や恐怖を感じるものですし、場合によっては鎮静剤などの薬物投与が必要になる場合もあります。そして、処置する側も多大なマンパワーが必要になります。その不安や恐怖を取り除き、より安全・安心に検査や処置できればと考えて導入しました。以前はDVDを見せていましたが、子どもの注意がそちらに向かないことも多かったのです。


――やはり子どもは、注射や検査を嫌がるもの?

年齢や性格にもよりますが、おおむね1歳を過ぎると、処置や親から離れることに不安や恐怖心を示すようになります。この傾向は就学前の6歳ぐらいまでは続きます。中には、小学校高学年になっても、怖がって処置や検査を嫌がる子もいますね。逆に3、4歳でも一人で問題なく処置や検査を受けられる子もいます。

当初は歯科治療などでの利用が想定されていたという

――実際はどんな流れで利用してもらう?

子どもは処置室に来るとき、既に不安や恐怖を感じています。そうすると、ゴーグル自体を嫌がる子もいるので、病室にいる段階でゴーグルをつけてもらい、処置を行います。保護者の協力を得ることもありますが、多くの子どもは抵抗なくゴーグルを被ってくれます。

映像体験が検査や処置を忘れさせてくれる

――ゴーグルで映像を見せることで、子どもにはどんな効果がある?

映像内の世界に没頭することで、自分が見ているものに意識を向けてくれます。最初はこちらから「何が見える?」「~を探してみて」などと問いかけますが、しばらくすると、子どもは自ら見たいものを探し始め、周囲の人間に語り始めます。子どもはその間、自分が受けている検査や処置のことなどは、ほぼ忘れているんです。

コンテンツ「海のいきものとあそぼう!」のAR映像イメージ。周囲には魚の姿が見える

――注射の痛みはどうなる?子どもは驚いてしまうのでは?

注射の痛みが消えることはありませんが、通常の処置であれば、感じる痛み自体は実はそれほどでもありません。実際に注射された子どもたちも「痛っ」と反応する程度で、泣かないことが多いのです。患者さんによっては、刺す部位に痛み止めのテープを貼る場合もありますし、強い痛みや侵襲(体内への刺激)を伴う処置では、鎮静と鎮痛が必要になることもあります。

コンテンツ「海のいきものとあそぼう!」のVR映像イメージ。まるで海中にいるような感覚だ

――どのような映像を見せている?

AR、VR、アニメーションの3種類があります。ARとVRにはいくつかのシーンがあり、小児心臓科では、クリスマス、海、お菓子の家の映像を見せています。例えば、ARの場合は保護者の顔や周囲の風景が見えていて、VRでは周囲全ての景色がそのシーンに変わります。アニメーションはトムとジェリーで、こちらは純粋にアニメを見てもらう形になります。

――映像を使い分けることはある?

最初はそのシーンに入り込んでもらうため、周囲の景色や保護者の表情も分かる、AR映像から見てもらいます。その後は子どもに声をかけながら、周囲全ての景色がシーンとなるVR映像に移行(AR映像からVR映像に移行できる)していきますね。アニメーションは子どもが希望した場合のみ、利用しています。

鎮静剤の使用を抑えられるかもしれない

――病院に恐怖心を感じる子どもに、呼びかけたいことはある?

病院という空間は大人でも不安を感じるものですし、子どもであればなおさらです。子どもは処置の内容や意味を理解できないので、処置の痛みよりも、不安や恐怖心が先に訪れます。そのような不安や恐怖心を可能な限り、取り除くことができればと考えています。

――将来的な展開などはある?

私たちも今回の試みを始めて日が浅いため、現在は採血処置などに限って使用しています。将来的には、CTなどの画像検査時や心臓カテーテル検査後の安静時など、さまざまな医療シーンで利用できればと考えています。これらの状況では鎮静剤を使うことが多いのですが、今回のようなサービスに置き換えられれば、鎮静剤の使用を抑えられるかもしれません。

「BiPSEE医療XR」の利用料金

株式会社BiPSEEによると、「BiPSEE医療XR」は1眼レンズであることがポイント。
AR・VR映像を視聴できるゴーグルには、右目・左目で別々の画面を見る2眼レンズタイプ、両目で同じ画面を見る1眼レンズタイプがある。AR・VR視聴は、子どもの視野機能発達に悪影響を及ぼすという声もあるが、「BiPSEE医療XR」が導入している1眼レンズタイプの立体視では、そのような心配もないという。

サービスには月額と年額の利用プランがあり、セット数限定で特別価格でも提供する。
金額は以下の通り(いずれも税別)。このほか、AR・VR映像を別途購入することもできる。

【月額プラン】
初期導入費用128,000円+毎月のレンタル料10,000円
【年額プラン】
初期導入費用128,000円+1年間のレンタル料100,000円


以前編集部でも終末期のがん患者に、VRで病室にいながら“外出を疑似体験”してもらう試みを取材した。
ARやVRと聞くと、映像体験や技術の進歩ばかりに注目しがちだが、大切なのはどう使うか。今回の試みのように、思わぬアイデアが誰かの助けになっていくのかもしれない。

(関連記事:「病気のことを忘れられるから幸せ」 VRで“外出疑似体験”が終末期がん患者にもたらす効果