強化方針の対立から内部で混乱が続く全日本テコンドー協会。
そのさなか、11月10日に行われたテコンドーの東京五輪日本代表2次選考会には多くの報道陣が集まった。
選考会や試合内容とは別の話を聞きたがる記者も多く、協会首脳部の内部の争いが世間の耳目を集める中、選手が戦いの中で観客に表現したのは「純粋なテコンドーへの思い」だった。
中でも一番の注目を集めたのは、男子68キロ級準々決勝、栗山廣大(京都・株式会社ROAD CAR)対山田亮(東京・株式会社ソケッツ)の試合。
京都出身の栗山は18歳から競技を始め、龍谷大学を卒業し大阪府警に就職するもテコンドーに専念するため退職。
僧侶の顔も持つという異色のファイターだ。
本来は74キロ級の選手だが、開催国枠のある68キロ級に減量しこの選考会に臨んでいた。
対する山田は空手の経験を生かし高校時代にテコンドーへ転向。
名門の大東文化大学に進学すると頭角を現し、協会の強化指定選手として活躍。
同学年で親友でもある男子58キロ級のメダル候補・鈴木セルヒオ(東京・東京書籍)と共にリオ五輪出場をかけたアジア予選で惜しくも敗退。
リオ五輪出場は果たせなかった。だからこそ、2020東京五輪への思いは人一倍強く持っていた。
試合は互いに技を警戒し合う静かな立ち上がりで始まった。
頭部への蹴り技による得点が高いテコンドーは一般的に、背の高い選手が有利とされている。
最初に流れをつかんだのは182センチの栗山。
171センチの山田に対し頭部への蹴りでポイントを奪うなど第1ラウンド2分間を終えて6対1と栗山がリードする。
残りは2ラウンド4分間。
山田は所属企業や大東文化大学時代のチームメイトの声援を背に攻め込もうとするも、栗山は長い足でけん制。
なかなか点差を縮めることができず、第2ラウンドも栗山リードのまま10対6で終えた。
最終ラウンド。
後がない山田だが残り52秒、栗山の頭部を蹴りで捉えると、残り34秒で14対13と逆転に成功する。
しかし残り10秒、栗山も山田の頭部へ蹴りを決め再逆転。
このまま試合終了と思われた残り3秒、山田が起死回生の後ろ回し蹴りを放ち会場のボルテージは最高潮に達した。
結果は22対21。
栗山が準決勝進出。
試合終了後、関係者から「いい試合だった」と声をかけられる山田に話を聞くことができた。
素晴らしい試合でしたと伝えると「ありがとうございます、悔しいですね、最後までタッパ(身長)が…」といい、口を真一文字に閉めた。
一般的に、背の高い選手が有利とされるテコンドー。
身長171センチと決して高さに恵まれない山田だが、それを感じさせない身体のバネとスピードでここまで戦い抜いた。
激戦を制した栗山は続く準決勝、同じく協会の強化指定選手である内村嵐(東京・大東文化大学)を破り上位2名に与えられる最終選考会への出場資格を得ると、決勝戦、笈入豪太(東京・HANARO道場)との戦いをまたも1ポイント差で(57対56)制した。
最終選考会の出場権は上位2名に与えられる為、本来する必要のなかった決勝戦。
試合後のインタビューでけがのリスクもある中、なぜ、あえて決勝戦をおこなったかを問われた栗山は「来てくれた観客のために、見て試合を楽しんでもらいたかった」と、戦った理由を明かした。
クラウドファンディングで資金を集め、海外遠征で腕を磨いたファイターは「観客に見てもらう」という競技スポーツのあり方を誰よりもわかっていたのだと思う。
来年2月には五輪出場をかけた最終選考会が行われる。
男子68キロ級で五輪出場、そしてメダルを狙う栗山のほかにも男子58キロ級には世界大会で結果を残してきた鈴木セルヒオや松井隆太(東京・日本体育大学)がいる。
女子は五輪3大会連続出場を狙う濱田真由(佐賀・ミキハウス)も出場予定だ。
選手たちの五輪への熱い思いを感じた2次選考会でありこれ以上の戦いが最終選考会では待っているはずだ。
それだけに、ひたむきに戦い続ける選手たちの熱量を、協会内のゴタゴタで冷ますような事態にだけはなってほしくないと切に願う。
テコンドー2020東京五輪2次選考会(成績上位2名が最終選考会に出場)
男子58キロ級
1位 森川亘(福岡県協会)
2位 岩城海翔(愛知・漢塾)
男子68キロ級
1位 栗山廣大(京都・株式会社ROAD CAR)
2位 笈入豪太(東京・HANARO 道場)
女子49キロ級
1位 岸田留佳(東京・大東文化大学)
2位 村上智奈(神奈川・炫武館)
女子57キロ級
1位 森本理子(愛知・kishukai)
2位 吉野紗来(東京・榊原道場)
(報道スポーツ部・川崎健太郎)