娘の遺骨が戻ってきた…津波で娘を亡くした夫婦は大事にしている場所できょうも娘を思う【宮城発】

カテゴリ:国内

  • 震災の津波で行方不明になっていた娘の遺骨が10月に戻ってきた
  • 娘の遺骨はまだお墓には入れず
  • 父親「戻って来たのが嬉しくて。気持ちの整理がつくまでお墓には入れない」

8年7カ月ぶりの再会

11月11日は東日本大震災の発生から8年8ヵ月の月命日。震災の津波で行方不明になっていた娘の遺骨が10月、ようやく戻ってきた夫婦が墓前で手を合わせた。

11日午前、宮城県山元町の寺を訪れたのは、大久保三夫さん(66)と妻の恵子さん(62)だ。

大久保三夫さん:
突然帰ってきたので嬉しいですよ。(自分が)生きているうちに探そうと思っていたのに、なかなか見つからなくて…

大久保さんの1人娘、真希さん(当時27)。
山元町の常磐山元自動車学校で勤務中に津波に襲われ犠牲になった。

真希さんを捜し続けた三夫さんと恵子さん。お墓と自動車学校の跡地を“毎週”訪れ、真希さんの帰りを待ち続けていた。

そんな大久保さんに知らせが入ったのは10月。山元町の沖合いで操業していた漁船の網から、真希さんのあごの部分の骨が見つかり、大久保さんに引き渡された。
8年7カ月ぶりの再会だった。

大久保恵子さん:
苦しい思いをしてきたんだけど、今は帰ってきて家にいるから、気持ちはすごく楽になりました。やっとそばに戻ってきたと思うとね

真希さんの遺骨はまだお墓には入れていない。

大久保三夫さん:
本当に戻ってきたのがうれしくて、もうなんだろうな。そばに置きたいんですよ、まだ。2人で気持ちの整理がつくまで入れないと話はしていた

もう一つの訪れる場所

大久保さんが訪れる場所はもう1つ、慰霊碑が立つ自動車学校の跡地だ。
真希さんが最期にいた場所だ。11日は“ピンクの菊”を供えた。

大久保恵子さん:
(慰霊碑の)上の花が終わりだったのね。枯れたのをあげとくのは嫌だから、なんか良いのないかなと道の駅に寄ったら売ってたの。だから良いんじゃないかって

大久保三夫さん:
枯れた花、絶対ダメなの。うちの女房。絶対ダメなの

真希さんが好きだったコーヒーを、きょうも一緒に飲んだ。

大久保三夫さん:
やっぱり娘が帰ってきてもここに来てしまう。来ないとやり残したことがありそうで。嫌なんだよね。ここに来ないと

大久保恵子さん:
ここは大事にしていかないといけないかなって、ずっと

宮城県によると、震災による県内の行方不明者の数は、10月末時点で1219人となっている。

(仙台放送)

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