2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の兄・金正男氏が暗殺された。実行犯として逮捕されたインドネシア人のシティ・アイシャ元被告とベトナム人のドアン・ティ・フオン元受刑者は、終始一貫して「いたずら動画の撮影と思っていた」と無罪を主張してきた。しかし本当にそのような動機で、実際に暗殺を行うことができるものなのだろうか。

FNNは今回、彼女たちの主張を裏付ける新たな動画を入手した。

FNNのインタビューを受けるフオンさん(左)とアイシャさん(右)
FNNのインタビューを受けるフオンさん(左)とアイシャさん(右)
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FNNが入手したのは犯行2日前にクアラルンプール国際空港KLIA2で行われたドアン・ティ・フオン元受刑者による「いたずら動画」撮影の一部始終の映像だ。この映像には北朝鮮工作員「ミスターY」の指示のもと、金正男氏を暗殺するときと全く同じ方法で「いたずら」をするフオンさんの姿が捉えられていた。

ターゲットを見定めるミスターY(北朝鮮工作員)
ターゲットを見定めるミスターY(北朝鮮工作員)

新映像を分析すると・・・

動画が撮影されたのは2017年2月11日、場所は事件現場と同じクアラルンプール国際空港KLIA2の3階「出発ロビー」付近だ。

映像には黒いリュックサックを背中に背負ったショートパンツ姿の男性と、水色のスーツケースを持った女性が、出発ロビーに向かって歩く様子が映し出されている。その数秒後、後ろから手を入念にこすりながら2人に接近する女が現れる。これがフオン元受刑者だった。

 
 

フオンさんは小走りで男性に背後から近づき、両手をめいっぱい伸ばして男性の顔を後ろから覆った。フオンは2秒近くも男性の顔に触り続けていた。

 
 

突然、顔を触られた男性は振り返ってフオンを見た。彼女はすぐに男性に謝罪し、小走りでその場を立ち去った。

監視カメラは正面からの様子も捉えていた。
隣の建物から出発ロビーに歩いて向かう2人の男女。後ろから近づくフオンさん。次の瞬間、後ろから両手を目一杯伸ばして、男性の顔をしっかりと覆った。突然の出来事に男性は思わず前かがみになったものの、フオンさんは2秒近く顔に手を付けたまま離そうとしなかった。

 
 
 
 

男性はとっさにフオンさんの方を振り返った。そこで彼女は前かがみになって謝り、小走りで男性たちとは逆方向に立ち去っていった。

 
 

フオンさんの手にはミスターYから液体がつけられていた。映像には、顔に液体を塗りつけられたとみられる男性が、不快そうに手で顔を拭っている様子も捉えられていた。

 
 

事件2日前の最終練習か

この動画は、「いたずら動画と思っていた」としてきたフオンさんの主張とも一致している。そして2月11日の「いたずら」と、2月13日の金正男氏暗殺時の映像を比較すると、その方法は完全に一致した。この日は、2ヶ月間にわたって彼女を誘導してきた北朝鮮工作員にとって、暗殺に向けた最終チェックだったとみられる。

クアラルンプール国際空港での「暗殺」実行時
クアラルンプール国際空港での「暗殺」実行時

フオンさんの供述
「2017年2月11日、午前6時30分、前日にミスター Yから連絡を受けていた私は、KLIA2空港へ向かいました。KLIA2に到着すると、ミスター Yは私にタクシーチケットを買ってくるように言い、4階で彼と合流するよう指示してきました。チケットを購入した後、4階へ行きチェックイン機の近くにある喫茶店で彼と落ち合いました」

「エレベーターの近くに立っているとき、ミスターYが私の手にベビークリームを塗り、ヨーロッパ人を(※ターゲットとして)選びました。両手の匂いをかぐと、ベビークリームの香りがしました。前と同じように、背後から両手で顔を覆い、その男性を驚かすようにと、ミスターYは私に指示しました。その後、私はごめんなさいと言って立ち去り、タクシーをつかまえてホテルに帰りました。両手で彼の顔にふれ、サプライズをした後にごめんなさいと言って、タクシーでホテルへと帰ったわけです」

 
 

フオンさんの証言
「2月11日はマネージャーからイタズラ動画の撮影をするということで連絡を受けました。KLIAの出発ロビーに呼び出されて、誰かを指名した。同じ流れです。そしてホテルに戻りましたが、マネージャーがどこに行ったかはわかりません」

アイシャも同じ日に「最終練習」

もうひとりの実行犯シティ・アイシャさんも全く同じ日に、同じ場所で最後の「いたずら動画」の撮影に臨んでいた。アイシャさんの証言によると、彼女も北朝鮮工作員ミスターChangとともに、出発ロビー付近で男性をターゲットに1回いたずらを仕掛けて成功していた。そしてその日に、撮影の報酬と誕生日プレゼントとして計200ドルを受け取ったという、

女性2人は純粋に「いたずら動画」に出演をして報酬をもらっていたと信じ切っていた。その彼女らを操っていた北朝鮮工作員たちは、2月11日に行われた2人の「いたずら」が完成されていることを確認し、2日後の金正男氏暗殺の成功を確信したに違いない。

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【執筆:FNNバンコク支局 佐々木亮】

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佐々木亮
佐々木亮

物事を一方的に見るのではなく、必ず立ち止まり、多角的な視点で取材をする。
どちらが正しい、といった先入観を一度捨ててから取材に当たる。
海外で起きている分かりにくい事象を、映像で「分かりやすく面白く」伝える。
紛争等の危険地域でも諦めず、状況を分析し、可能な限り前線で取材する。
フジテレビ 報道センター所属 元FNNバンコク支局長。政治部、外信部を経て2011年よりカイロ支局長。 中東地域を中心に、リビア・シリア内戦の前線やガザ紛争、中東の民主化運動「アラブの春」などを取材。 夕方ニュースのプログラムディレクターを経て、東南アジア担当記者に。