~今こそラグビー~その魅力③今に繋がる名将

50年前の金星

まずはこの写真をご覧いただこう。左は森喜朗元首相。
今や東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会会長であり、安倍首相の後見人でもある。
その森氏が直立して話を聞いているのが右端、1968年に強豪・NZのオールブラックスジュニアを破ったラグビー元日本代表監督・大西鐵之佑氏である。2015年の南アフリカ戦、今年のアイルランド、スコットランド戦勝利に匹敵するものと言っていい。NZにとっては屈辱の敗北でその記録は残っておらず、VTRは焼かれたとも言われている。

森喜朗元首相(左)とラグビー元日本代表監督・大西鐵之佑氏(右)

大西氏はラグビー合宿地の聖地である長野県・菅平で誕生したサイン「カンペイ」を駆使し、スピードと運動量で海外の強豪を翻弄した。この「カンペイ」は菅平を音読みにしたもので、今回のW杯でもほとんどのチームが使用している。現代ラグビーにも通用する、画期的なサインであることが想像できるだろう。

提供:早稲田大学ROBクラブ

理性と狂気の融合

大西氏は戦術を徹底的に煮詰める理論家として知られていた。前述の「カンペイ」だけでなく、ルールの中で何が出来るか、強み・弱みは何かを考え、戦術を試し、習熟させ、実践した。チームとして勝負するポイントを把握していたのである。
一方で大西氏は、試合にかける情熱も大切にした。理屈で説明できない、熱い思いである。選手らが組む円陣の中で「ゲーム(戦い)やない。バトル(闘い)や!」と叫ぶ表情は鬼のようであった。
試合前、感極まった選手が涙する姿はラグビーでは珍しくない。

「ゲーム(戦い)やない。バトル(闘い)や!」 提供:早稲田大学ROBクラブ

身体がキツい中で戦術を遂行する理性と狂気に似た情熱、合理と不合理の融合はラグビーの大きな魅力の一つである。「心は熱く、頭は冷静に」などとよく言われたものだ。
その大西氏の指導を直接受けられた経験は大きな財産であり、大西氏の平静と試合前のギャップ、ほとばしる闘気は今も脳裏に焼き付いている。

「心は熱く、頭は冷静に」 提供:早稲田大学ROBクラブ

フェアなプレー

大西氏とラグビーとの関係を語る上で欠かせないのが戦争体験だ。人が人を公然と殺す異常な世界を生き抜いた大西氏にとって「ギリギリの状況の中で自らを律する」ことの大切さはそのままラグビーにも繋がった。レフリーが見ていないからといって反則や汚いことはせず、フェアにプレーすることもラグビーの特徴のひとつで、彼はその中に教育的価値を見い出した。試合後に敵も味方もなくなる「ノーサイド」はフェアに徹して勝利を目指すからこその精神であり、ラグビーが「紳士のスポーツ」と言われる所以である。

「ギリギリの状況の中で自らを律する」 提供:早稲田大学ROBクラブ

この写真は1982年度の早稲田・明治両大学のキャプテン。敵同士で身体を激しくぶつけ合った2人が試合後に笑顔で接する。「ノーサイド」の意味はこの表情が物語っている。

1982年度の主将 明大・藤田剛氏(左)早大・益子俊志氏(右) 」提供:早稲田大学ROBクラブ

繋がる指導と精神

この大西氏の指導は優秀な選手を集めるだけでなく、集まった選手・日本代表そのものを鍛えること、皆が同じ方向を向くことを目指した。それは今の日本代表のスローガン「One Team」にも繋がる。
ミスターラグビーこと平尾誠二氏を育てた山口良治氏は、ラグビーブームの火付け役にもなったTBSドラマ「スクールウォーズ」のモデルであったことでも知られるが、山口氏は大西ジャパンのメンバーだった。大西氏の精神も指導も、現在に繋がっているのである。

提供:早稲田大学ROBクラブ

もう1人、大西氏の秘蔵っ子「ドスさん」こと渡邊隆氏も紹介しておきたい。冒頭の写真の大西氏、森元首相の間に位置する方で、貴重な写真を何枚かお借りした。感謝申し上げる次第である。
福島・安達高校から二浪で早稲田大学に入学。ラグビーは大学から始めた。それまで相撲をやっていたため「ドス」は「ドスコイ」からきている。その野性的なプレーが大西氏の目に止まりレギュラーに抜てき。圧倒的不利が予想された早明戦の勝利にも貢献した。
かつてのVTRを見ると、タックルというより、身体ごと襲いかかるようなプレーが散見された。今では間違いなくシンビン(一時退場)の対象だろう。
大西氏の試験を受けた際、答案用紙に大きく「ドス」とだけ書いて教室を出て、大西氏にえらく怒られたという逸話があるが、ご本人には敢えて確認をしていない。
大西氏は選手たちの溢れる個性を愛したが、ラグビーに限らず今の時代の個性、本当に尊重されているのかとふと思ってしまった。

大西氏の秘蔵っ子「ドスさん」こと渡邊隆氏

(フジテレビ政治部デスク・山崎文博)

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