指導者が死亡しても「イスラム国」の“世界征服”という目標は何も変わらない

カテゴリ:ワールド

  • 「イスラム国」の指導者バグダディが死亡
  • 指導者の死は組織の衰退に帰結しない
  • バグダディの死が呼び起こした新たな疑惑とは

「イスラム国」の指導者死亡

「イスラム国」の指導者バグダディが死亡しました。彼自身がカリフに就任し「イスラム国」樹立を宣言してから5年半。潜伏先のシリア北西部で米軍特殊部隊に追い詰められ、2人の妻と3人の子供とともに爆弾ベルトを爆破させ自爆したとされます。

死亡したイスラム国指導者バグダディ容疑者とみられる画像

一時期シリアとイラクにまたがる広大な領土を支配した「イスラム国」は、日本も敵だと名指しし、日本人の湯川遥菜氏と後藤健二氏を処刑し、そのビデオを公開しました。チュニジアやバングラデシュ、直近ではスリランカでも、日本人が「イスラム国」テロの犠牲となりました。

有志連合軍の作戦によりシリア最後の拠点を失った後の今年4月、「イスラム国」は5年ぶりにバグダディの映像を公開しました。そこで彼は「イスラム国」の堅牢さを強調、ジハードはこれからまだまだ続くと支持者を鼓舞しました。

続いて9月に公開された声明でも、『コーラン』に記されているようにイスラム共同体の勝利は神によって既に決められている、忍耐してジハードを継続しよう、と呼びかけました。

バグダディはカリスマ的指導者ではない

バグダディは、その時々に応じた大まかな戦略や方針を指示してきました。しかし重要なのは、彼は強力なリーダーシップを発揮するカリスマ的指導者ではない、という点です。「イスラム国」の目標は世界征服であり、その支持者は神の啓示『コーラン』に従い、その目標達成に向け粛々と自律的にテロや軍事作戦を実行しています。彼らはあくまでも神の崇拝者であり、カリフの崇拝者ではありません。カリフという人間を崇拝することは、イスラム法においては多神教の罪とみなされます。

カリフはあくまでも彼らのまとめ役に過ぎず、死ねば別の人間がカリフに推挙され、支持者は彼をカリフと認めれば忠誠を誓います。カリフが死のうと、不滅の行動規範である『コーラン』と世界征服という目標は何も変わりません。

「生き恥をさらしてはならない」とばかりに自爆したバグダディは、トランプ大統領がいくら「泣きながら逃げ回った」「犬のように死んだ」と貶めようと、「イスラム国」支持者にとっては立派な殉教者です。殉教は天国行きが約束された、イスラム教徒にとって最高の最期です。彼の死を悲しんだり、戦意を消失したりすることは、彼らのイデオロギーに反します。

指導者の死は組織の衰退に帰結しない

アルカイダのオサマ・ビンラディン

アルカイダのビンラディンは、バグダディを遥かに凌ぐカリスマ性を持った指導者でした。西洋では彼の死は無様なものとして語り継がれていますが、それでもアルカイダは彼の死後、壊滅するどころかグローバルなジハード・ネットワークに「成長」しました。指導者の死が組織の衰退に帰結しないのが、ジハード・ネットワークの特徴です。

トランプ氏は昨日の声明で、バグダディの死により「世界はより平和になった」と主張しました。

これと同じセリフを度々繰り返したことで知られるのが、2003年にイラク戦争に踏み切ったジョージ・W・ブッシュ元大統領です。しかしイラク戦争後、世界は平和になるどころか、まさにイラク戦争を経て「イスラム国」の前身組織が誕生し、ジハード・ネットワークが世界に拡大し、あらゆる場所でテロが発生する世の中になった、というのが現実です。

トランプ氏の発言は政治的発言です。バグダディの死はトランプ政権の誇るべき成果ではありますが、残念ながらそれで世界がより平和になることはありません。

作戦を見守るトランプ大統領

バグダディの死が呼び起こした新たな疑惑

バグダディの死はまた、新たな疑惑を呼び起こしてもいます。彼の潜伏していたシリアのイドリブ県にある村が、「イスラム国」の勢力圏外にしてトルコ国境からわずか5kmほどの地点だったからです。

作戦が行われたとされるシリアのイドリブ県

イドリブはシリア反体制派最後の拠点であり、いわゆる反体制派とアルカイダ系組織の割拠状態にあり、トルコが各地に見張り台を設置し軍を配備して治安維持を担当しています。バグダディをかくまっていたのは、安田純平氏を拘束していたとされるフッラースッディーンというアルカイダ系組織だともいわれています。確かな証拠はありませんが、トルコがバグダディの存在を知っていたという憶測は十分に成立します。ビンラディンの隠れ家がパキスタン軍拠点の近くにあったため、パキスタン当局は彼の存在を知っていたはずだと疑惑が持たれたのと同様です。

「平常運転」を続けるイスラム国

トルコと対立関係にあるサウジアラビアやアラブ首長国連邦、エジプトといった中東諸国は、これまでもトルコはテロ支援国家だと糾弾してきました。10月初旬にそのトルコから「テロ組織だ」と名指しされ越境攻撃をうけたシリアのクルド組織YPGも、バグダディの死を受け、トルコはイドリブでアルカイダも「イスラム国」も匿っている、トルコこそテロ支援国家であると非難しています。

バグダディの死が伝えられた後も、「イスラム国」はシリアやイラク、アフガニスタンなどで実行した作戦の成果を次々と公開し、「平常運転」を続けています。バグダディの死はひとつの大きな事件ではありますが、それで事態が改善に向かうほど、中東情勢は生優しいものではありません。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

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