甲子園伝説の「名勝負」松山商業対三沢 50年経った今選手が当時を語る【愛媛発】

カテゴリ:国内

  • 夏の甲子園の伝説の「名勝負」として語り継がれる松山商業対三沢の決勝戦
  • 50年経った今、選手が当時の様子を語る
  • 極限の戦いの中ピンチをしのげたのは普段の練習にあった

甲子園伝説の「名勝負」を当時の選手が語る

50年前の夏の甲子園。延長18回引き分け再試合、伝説の「名勝負」として語り継がれる松山商業対三沢の決勝戦。当時の選手がそこで見たものとは…

半世紀前の伝説の証。

当時のキャプテン・大森光生さんから去年、松山商業に寄贈された全国制覇のウイニングボールだ。

大野純史さん:
負けたかなと、思うくらいの緊張感というか緊迫感ありましたけどもね

久保田俊郎さん:
もうほんとに頭の中が真っ白になったというか。だからベンチの中へ帰って泣きましたよ。正直。

昭和44年の第51回夏の高校野球・決勝戦。北四国代表の松山商業は北奥羽代表・青森の三沢と対戦。
5万5千人の大観衆が見つめる決勝は死闘と呼ぶにふさわしい投手戦となった。

松山商業のエースは井上投手、 三沢のエースは太田投手。両投手の投げ合いでお互いにゼロが並び延長戦に。全国の野球ファンがかたずをのんで見つめた。

当時3年生で5番を打っていた久保田俊郎さんと背番号10番でベンチ入りしていた大野純史さん。

50年経った今もあの試合ははっきりと覚えている。

久保田俊郎さん:
今振り返れば延長15回のときだったんかな、あのときに会長が、高野連の会長が来て18回までだよと。ずっと点が入るまでやると思ってたから

15回の裏、松山商業は1アウト満塁の絶体絶命のピンチ。

ここでヒット性の当たりを井上投手がグラブに当て、バックアップしたショート・樋野選手がバックホームしてタッチアウト。続くバッターもセンターフライに打ち取り、大きなピンチをしのぐ。

久保田俊郎さん:
(身振りで)こっちに飛びついたじゃないですか井上が。これがたまたま飛びついたボールが樋野のところにコロコロコローと運良く来てホームでアウトにしたわけですからね。いやもう偶然じゃないですよ。彼の執念ですよ。ああいうことがね、わたしは一番称えられるべきだとそのように思いますね。

大野純史さん:
あれが普通の他の高校だったらあれがアウトにできとったかというたら大いに疑問ですよね。あれはものすごいファインプレーよね。

久保田俊郎さん:
まあ大ファインプレーよ。目に見える大ファインプレー。

結局18回で決着がつかず、史上初の決勝戦の引き分け再試合に。

当時のスコアブックに想像を絶する投手戦の証が克明に記されている。

久保田俊郎さん:
いやもうまったく。わたし会話した記憶がないです。もう皆ご飯食べたら部屋に帰ってゆっくりするっていうような状況やったな。

大野純史さん:
ほっとしたような感じと気が抜けない。明日がありますからね。だから笑顔とか和気藹々とかよかったなあとか肩を叩き合うということは一切ないですから。(エースの)井上は試合なんかは健康ドリンクいっぱい飲んで夜、体がほてって眠れなかったとかな。

極限の戦いの中、ピンチの連続をしのげたのはでも厳しい練習のたまものだった。

大野純史さん:
普段の練習から、普段の練習からですね、ミスを許さないという練習してるんですね。毎日緊張感の下でやっとったんですよ。(一色監督は)もう元気いっぱいもうノックにしてもすごいんですよ。あのノックに対峙してやっていくんですから、それはもう上手くならないとおかしいというか、自然と引き上げられてしまうんですね。

翌日に行われた再試合。

松山商業は、ついに太田投手を攻略。初回に3番・樋野選手のホームランが飛び出し2点を先制すると、6回にも2点を追加。守っては井上投手と中村投手の継投で激闘に終止符を打ち、16年ぶり4度目の優勝を果たした。

久保田俊郎さん:
もうほんとに頭の中が真っ白になったというか。だからベンチの中へ帰って泣きましたよ。正直。やっぱりなんかまあ嬉し涙というか。

大野純史さん:
そうですね安堵感でしょうね。これでほんとにいろんなもんから解放されるという。解放されたと思って。これで終わったと。

松山市ではたくさんの人が出迎える中、優勝パレードが行われるなど県民の喜びは頂点に達した。

大野純史さん:
いや~いいもんだなあと思いましたよ。それは。そういう気分なんて中々なれんでしょ。そういうようなね。ああいいもんだなあと

久保田俊郎さん:
わたしは気が小さいもんやからあんまりね、ああいうのは好まんのですよ。まだまだ子どもやったんでしょうね。照れくさい、それこそ。

夏5回、春2回の優勝。高校野球史上、唯一、大正、昭和、平成で全国制覇を達成した松山商業。

大野さんは今、野球部のOB会長として夏将軍復活の思いを後輩たちに託している。久保田さんは8年前に県高野連の審判委員長に就任。胸には野球への恩返しの思いがあふれている。

久保田俊郎さん:
自分の最高の想い出をもらったなと、それが心の支えになってきたことは事実。

大野純史さん:
(高校野球は)一心不乱に自分の気持ちをぶつけることができる。私は青春だと思います。

野球王国・愛媛、そして高校野球史に燦然と輝く伝説。

野球にすべてを掛けた青春の輝きは半世紀たった今も色あせることなくこれからも語り継がれる。

(テレビ愛媛)

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