大学生の間、大いに頭を悩ませるのが、教授陣から出される多くの論文やレポート。必死の思いで書き上げて提出するも、「言いたいことがわからない」などの内容面から、「主述が対応していない」などの形式面にいたるまで鋭く厳しい指摘が続き、げんなりしてしまった過去を持つ人もいるのではないだろうか。

その一方で、大勢の学生を相手に一つ一つ添削する教授の仕事もそれはそれで大変なはず。
こうした中、大学准教授のとあるツイートがにわかに注目されている。
それが、こちら!



「これまでの経験とTwitterの先行事例などを参考にアカデミック・ライティング指導用のスタンプをつくってみた」

というコメントともに投稿されたのは、12種類に及ぶスタンプの画像。
「イイネ!」「段落頭一字下げ」「口語・体言止め不可」「説明不足」「論理の飛躍」「単なる感想」「根拠が必要」「段落を変える」「主語と述語が非対応」「改行不要」「出典を示す」「図表番号・タイトル追加」

アカデミック・ライティングの指導用ということだが、どうやら指摘する回数が多い文言をスタンプにしたもののようだ。

このツイートを投稿したのは、宮城県名取市の尚絅学院大学准教授の菊池哲彦(@a_kick)さん。2009年に着任し、メディア関連の科目を中心に担当している。今年1月頃、慶應義塾大学准教授の平石 界さんのツイートを目にしたことをきっかけに、スタンプの製作に踏み切ったという。なお、平石さん自身も他大学の友人の投稿を見て真似したそうである。



ネット上では、「欲しい!」「商品化しましょう」など称賛の声があがったが、スタンプを使うことで、これまでかかっていた負担は軽減されるはずだ。

作業効率の面でやはり変化があったのだろうか? そして、12種類のスタンプの中でどのスタンプが一番活用されているのだろうか? 菊池さんに詳しい話を聞かせてもらった。

「面倒ではなかった」といえば嘘になります(笑)

ーーこのスタンプを作ったきっかけについて教えて?

学生のPCに関するスキルや環境には大きな幅があり、ファイル上のやりとりでは、こちらの指示がうまく伝わらなかったり、作業が効率的に進められないことが多々あります。もっとも確実なのは、やはり、「文書に朱を入れる」方法です。

そうした理由で、私のアカデミック・ライティング指導は、できるだけ、文書に指示を書き込みながら行っています。卒論などの個別指導の場合は、学生と対面の上で書き込むこともあります。そちらの方が学生への教育効果は高くなるような実感もあります。

このような指導を行っていると、定型的な指示も多くなる中、平石先生のツイートを見て、「非常に便利そうだ」という印象を持ちました。また、このスタンプは、学生の指導だけでなく、自分の研究論文を第三者的な視点から推敲することにも使えるように思いました。

ーーこれらのスタンプはいつ頃作って、いつから使い始めているもの?

自分のゼミの3年生に課している課題レポート(2000字程度の書評レポート)の添削で使用したいと考えましたので、夏休み中にスタンプの文言を検討して製作しました。9月19日を提出締切とした課題レポートの添削で初めて使用しています。

ーースタンプは総額いくらくらいで、どの位の日数でできあがった?

製作を依頼したアスクルでは、スタンプ(木製、一行印、台木4mm×29mm)1本で400円(税込)、10本単位でのセット割引もありましたので総額4788円(税込)でした。注文の翌日配送ということでしたので3日ほどで届いています。

ーースタンプの文言は、これまでの学生レポートの傾向を見て決めた? 参考にしたものは?

これまでのレポートや卒論指導における学生の傾向や、平石先生らTwitterで公開されていた先行事例、私より先に作られた同僚のスタンプを参考に、どのような文言のものを作るか検討し、最終的に12本になりました。

ーー正直、同じような内容をいちいちレポートに書くのは面倒だった?

「面倒ではなかった」といえば嘘になります(笑)。特に「段落頭一字下げ」は、段落ごとに書き込まなければならないことも少なくありませんので。

しかし、現実的には「面倒」とばかりはいっていられません。学生たちは、普段からPCやスマートフォンなどでカジュアルに書くことに慣れてしまっていて、公的な文書(就職活動におけるエントリシートなども含む)や原稿用紙などに書く際の基本的な「作法」がじゅうぶん身に付いていないと感じます。

そうした基本的な部分を身に付けてもらうためには、面倒でも「細かく指摘し続ける」しかないというのが実感です。その意味でも、“定型的指示のスタンプ化”というアイデアは効果的だと考えています。

ーー実際に使ってみて、12種類を「多い」と感じることはない?

使い始めたばかりなので現時点では明確なことはいえません。たとえば、今回の添削では、「段落頭一字下げ」が最も出番があるだろうと予想していたのですが、私がこれまでしつこく言い続けてきたせいか、これは一度しか使いませんでした。一度も使わなかったスタンプもあります。

それぞれの学生に得意不得意などの個性もあるので、12種類すべてを常にまんべんなく使用するとは考えていません。しかし、スタンプにした文言は、どれもこれまでの指導でそれなりの頻度で指摘してきたことですので、いずれは必要になると考えています。したがって、いまのところ、12種類で多いとは感じていません。

文章を実際に添削してもらった

実際に、こうした12種類のスタンプをどのように用いるのか見てみたい。

そこで、論文に代わり、筆者が過去に手がけた記事について、「学生がニュース記事の体裁でレポートを提出した」 という仮定のもと、スタンプを実際に用いながら添削していただいた。

この記事の画像(3枚)

その結果、見事なまでに真っ赤・・・。
“レポート”としてとらえた場合、過剰な改行が多く、「改行不要」のスタンプが端々にみられるほか、「段落頭一字下げ」という基本が守られていないため、同じくスタンプが目立つ。その一方で、「事実は小説より奇なりという言葉もあるように」というくだりには、うれしいことに「イイネ!」のスタンプが押されている。

ここまで直していただき、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、改めてわかったのは同じ指摘を何度もしなければいけない場合にスタンプが有効だということだ。
スタンプを使うようになった後の変化について聞いてみた。

現時点では『イイネ!』の使用頻度が一番高いです

ーースタンプを使うようになって、作業効率などの点で変化はあった?

作業効率は多少上がったとは感じていますが、正直なところ、劇的な効果があったというほどではないと思います(笑)。
しかし、定型的なものをスタンプにしたおかげか、レポートに対する個別的な(定型的ではない)コメントを以前より細かく書くようになりました。また、「スタンプを押す」という行為自体に楽しさがあり(笑)、添削作業が少し楽しくなったと感じる部分はあります。

添削作業の効率化とは別の効果の方が大きいというのが実感ですが、それだけでもスタンプを導入した意義はあったと考えています。

ーー現時点で、一番使う頻度が高いスタンプは12種類のうちどれ?

現時点では「イイネ!」の使用頻度が一番高いです。

これは、これを意識して押すようにしていることも関係していると思います。不十分な点の指摘だけでは学生のモチベーションも上がらないと思いますので、「イイネ!」を積極的に活用し、「ここを直すともっとよくなる」というようなニュアンスでそれ以外のスタンプを使っています。

ーー全12種類のうち、褒め言葉は「イイネ!」1つだけだが、どのような場合に使うの?

基本的には、私がおもしろいと思った指摘や気の利いた言い回しなどに対して、「ゆるく」使っています。「イイネ!」とともに「解釈がおもしろい」「よく気が付いた」「シャレた言い回し」などひとこと書き加えて「イイネ!」の理由を明確にすることもあります。

『一文が長い』は年内に追加するつもり

ーー同僚の先生から「私もスタンプが欲しい」という声はある?

何人かの同僚に実物をお見せしたところ、「自分も作ろうかな」とおっしゃる方もいらっしゃいました。反響がここまで大きくなるとは思ってもおらず、大学を含む教員の方々だけでなく、編集者や弁護士、創作活動をされている方々まで興味を持ってくださるとは予想していませんでした。

ーー採点される学生から何か反応は?

添削レポートの返却時の反応を見るかぎり、好意的に受けとってくれているようでした。「イイネ!」を多めに押しているせいかもしれません。具体的な感想は、レポートを返却したばかりなので、まだ聞いていません。

ーー「『一文が長い』というスタンプも追加する必要あり」と言っていたが、スタンプは今後さらに増える?

状況を見て増やすつもりで、いまから使えそうな文言を手帳にメモしています。「一文が長い」は年内に追加するつもりです。

ーー最後に、学生たちに何か一言を。

私が教えているような文系分野は、「大学で教わることは社会では役に立たない」としばしばいわれます。しかし、アカデミック・ライティングは、「アカデミック」といいながらも、「他者に伝わる文章表現」として、大学卒業後もさまざまな文書作成の場面で役に立ちます。学生のうちにしっかり身に付けてもらいたいと思っています。


菊池さんによると、スタンプを使うようになったことで、レポートに対する個別的なコメントを以前より細かく書くようになったということで、学生にとってもより細かい指導が受けられるメリットがあるようだ。
そして、やはり人間褒められれば嬉しいもので、「イイネ!」があることで学生のやる気にもつながっていく効果もあるのかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。