日本はここ数年で見ても、多国籍の外国人が滞在するようになった。街ではさまざまな言語が飛び交い、日本土産を抱える観光客もよく見る。この状況は数字にも表れて、法務省や観光庁の統計によると、日本の在留外国人数が約273万人(2018年末現在)、年間の訪日外国人数は約3119万人(2018年)に上っている。

こうした中、忘れてはならないのが、外国人への防災対策。日本は地震や津波などの災害とは切っても切り離せない土地柄だが、母国では地震を経験したことがない外国人もいる。日本を襲う災害自体もこれまでの常識が通用しなくなってきているが、災害時に出される情報は彼らにちゃんと届いているのだろうか。

今回は、日本で生活する外国人に話を伺い、実情とその解決策を探ってみた。

日本育ちのインドネシア人が感じた困難

取材に協力してくれたのは、東京都内の大学院生、インドネシア人のサニアテイルワダイ・アヌグラユデイアントさん(22)。(ここからは愛称の「サニア」さんと呼ばせてもらう)

サニアさんはインドネシア人の両親の元、日本で生まれて15歳まで生活。高校1年生から母国で7年間暮らし、大学卒業後の進学を機に戻ってきた。そんなサニアさんに、日本とインドネシアの災害対応の違いを聞いたところ、どちらの国でも良い部分と悪い部分を感じたという。

サニアテイルワダイ・アヌグラユデイアントさん
サニアテイルワダイ・アヌグラユデイアントさん
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「日本は防災訓練を定期的に行い、災害が起きても救急車や消防士がすぐ駆けつけてくれます。インドネシアにはないことなので、対応の早さは本当に貴重だと思います。ただ、インドネシアは近所同士で助け合いますが、日本にはそこが足りない気もしました。私の母は日本語が上手くないのですが、東日本大震災のときは知人が大家さんだけで『とても心細かった』と言っていました。情報を手に入れることも難しいので、私が通訳のように説明したこともあります」

このほかにも、災害の副次的な被害として、宗教的な悩みを抱える人も多いという。サニアさんによると、インドネシアでは国民の多数がイスラム教を信仰していて、1日に複数回のお祈りをささげるのだが、日本の避難所ではそのスペースも用意できない。さらに食文化の規律である「ハラル」に適した食べ物も手に入らないため、非常に困るのだとか。

「宗教に限ったことではないですが、外国人には日本語が話せない人も多く、災害が起きるとその人たちへの説明がどうしても不足してしまうと感じました。難しいかもしれませんが、情報の発信方法などについても考えてもらえたら...と思います」

日本で生まれ育ったサニアさんでさえ、災害が起きるとさまざまな困りごとを感じていた。行政や私たちはどうやって、彼らと防災体制を構築すればよいのだろうか。日系ブラジル人3世で、日本に移住して約30年となる、武蔵大学のアンジェロ・イシ教授にも話を伺った。

日系3世ブラジル人教授「多言語化の推進では足りない」

アンジェロ・イシ教授
アンジェロ・イシ教授

――日本に滞在する外国人は、災害時にどんな困りごとを感じる?

言葉の壁が最大の悩みであることは間違いありません。災害が起きるとさまざまな情報が必要となりますが、外国人には伝わらないことが多いです。それなら多言語化を推進すれば...と思いがちですが、それでは足りません。各国のコミュニティや特性を理解した対応が必要でしょう。

例えばブラジル人は、車好きで多くの家庭で所有しています。災害が起きると、日本人なら避難所に集まるところをそれぞれがマイカーの中に避難するのです。そうなると何が起こるか。バラバラに避難したため、災害情報が届かないどころか非常食や水の配給に気付かないこともありました。

この解決策としては、日本に住んでいる外国人のコミュニティを知り、リーダー格とのつながりを作ることが必要でしょう。災害が起きても、重要な情報をリーダー格に提供すれば、コミュニティ内で拡散してくれるはずです。

エスニックメディア「Alternativa」。今回はYoutube特集のようだ
エスニックメディア「Alternativa」。今回はYoutube特集のようだ

――そのコミュティや特性はどう知ればよい?

いくつか方法があります。一番は各自治体で外国籍ごとの代表者が集まれる場を設けること。キーパーソンのリストから情報を伝えることができますし、代表者が代わっても分かります

在留外国人がよく見る媒体を活用してもよいでしょう。私たちは「エスニックメディア」と呼びますが、外国人が情報収集などに利用するメディアが各国ごとにあるのです。日本にいるブラジル人は「Alternativa」というフリーペーパーを見ることが多いですね。ブラジル系のショップなどに置いてあり、日本のさまざまな情報がまとめられています。

Youtuberと協力する方法もあります。日本で生活するブラジル人がよく見ている、ポルトガル語のチャンネルがありますが、登録者数は約240万人となっています。行政がこのような民間などと協力して、不特定多数に防災情報を提供することが必要ではないでしょうか。

紙面ではポルトガル語で日本のさまざまな情報が掲載されている
紙面ではポルトガル語で日本のさまざまな情報が掲載されている

外国人には震度6弱が「弱い地震」になってしまう

――災害・防災面で外国人が課題に思うことはある?

日本にとって当たり前の表現が、外国人には本来の意味が伝わらないことはありますね。地震だと震度5強、震度6弱という表現がありますが、ポルトガル語で直訳すると、「震度5の強い地震」や「震度6の弱い地震」となり、震度6が「弱い地震」と認識されてしまうのです。

自治体の広報にも伝えたいことがあります。多言語化への対応は数年前と比べて進展していると思うのですが、多くが「とりあえず多言語化しました」というところでストップしてしまっています。情報を手にする外国人は一握りで、翻訳されていることすら知らない人も多いです。情報提供はそれぞれに届いてこそ、完了したと言えるものではないでしょうか。


――日本と海外で災害に対する考え方の違いなどはある?

無数にあると思います。日本のよいところは、防災に向けた物理的備えや心の準備が国民単位でできていることです。防災・避難セットがある家庭も多いですし、避難訓練もあります。一方、海外では防災という概念が希薄な国も多く、防災意識という考えがないこともあります。全般的に楽観主義なところがあるので、いざ災害が起きるとピンチに陥りやすいはずです。

アンジェロ・イシ教授のゼミでは東日本大震災で被災した外国人のインタビューも行ったという
アンジェロ・イシ教授のゼミでは東日本大震災で被災した外国人のインタビューも行ったという

――災害・防災情報の収集で外国人が思うことは?

災害を語るときに「情報不足」という言葉がよく使われますが、外国人の場合は逆に「情報過多」に陥ってしまうこともあります。質の良い情報がたくさんあるのは良いのですが、この場合は正しい情報とデマが大量に入り混じった、“情報の洪水”です。日本に滞在する外国人の場合は、日本メディア、母国メディア、英語メディアから情報が入り、相反する情報もあります。

東日本大震災のときには、地震や津波に加えて、放射能の可能性も伝えられ、あるフランス人の留学生は本人が滞在を希望しましたが、フランスの大学側が無料のチャーター便まで出して帰国させたそうです。何が間違いで何が正しいのか、分からなくなってしまうのです。

このような経緯を考えても、各国の大使館や領事館と民間が協力するなどして、情報収集のパイプ作りを普段からしておくべきではないでしょうか。

日本で発信されている情報を自力で入手する姿勢も必要

――日本人が外国人のためにできることはある?

平常時も災害時も同じことが言えますが、困りごとがないか、声をかけてくれるだけでも安心感が違います。日本人は遠慮や緊張して会話を交わさないことも多いですが、ファミリーネームを覚えていてくれるだけでも良いのです。助けを求めることができますし、「誰かが思いだしてくれるかもしれない」と希望も持てます。

外国人側がするべきこともあるでしょう。外国人は母国語の情報源に頼りすぎているところがあるので、日本で発信されている情報を自力で入手する姿勢も必要です。防災意識を積極的に高める必要もあると思います。


――このほか、伝えたいことは?

2020年には東京五輪がありますが、日本に住む外国人、滞在する外国人の防災環境を整える絶好のチャンスだと思います。例えば、街にアルファベットの表記が増えるだけでも情報量が増え、結果的には防災につながるのです。あらゆる場面で多言語化が進めば、日本で生活する外国人にとってのレガシーとなるではないでしょうか。


国内では、開催中のラグビーワールドカップ、2020年の東京五輪、2025年の大阪万博と世界的なイベントも続く。今後も在留者や観光客が増えていくことを考えると、防災の輪から外国人が漏れることのないよう、今こそ対策をすすめる契機としなければならないだろう。

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プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。