“パワーナップ”ってなんだ?

休み明けなのに朝からまぶたが重い...だるくてどうにもならない。

社会人なら誰しも、勤務時間中の眠気に悩まされたことがあるのではないだろうか。ランチを食べ過ぎた後の昼下がりなんて、自らの意思とは関係なくうつらうつらしてしまうもの。

当然ながら仕事も思ったようにはかどらず、時間だけが淡々と過ぎていく。「それなら少し眠れば?」という声が聞こえてきそうだが、日本ではどうしても“昼寝=サボり”と捉えられがちなところもある。眠気を感じても、定時までなんとかやり過ごすのが精一杯かもしれない。

そんな悩みを抱える人々に朗報がある。近年の研究により、短時間の仮眠を意図的に取ることが脳疲労を回復させ、業務効率の改善にもつながることが分かってきたのだ。この睡眠法は“パワーナップ”(戦略的仮眠)と呼ばれ、徐々に広まりつつあるという。

コミュニティビル「Nagatacho GRiD」
コミュニティビル「Nagatacho GRiD」
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2019年9月、そんなパワーナップの普及に向けた特設ルームが、東京・千代田区の一角にオープンした。
ソーシャル事業を展開する企業「ガイアックス」、睡眠課題を研究する企業「ニューロスペース」が共同企画したもので、最適な仮眠に導く工夫が施されているというのだ。一般的な仮眠とは何が違い、どんな眠りができるのだろうか。不眠気味の筆者が実際に体験してみた。

アロマ、BGM、照明...仮眠への配慮がすごい

特設ルームが開設されたのは、東京メトロ・永田町駅のほど近くにある、コミュニティビル「Nagatacho GRiD」の地下1階。同ビル1階のカフェ「tiny peace kitchen」でコーヒーか紅茶を注文すれば誰でも利用できるとのことで、まずは350円を支払いコーヒーを購入。ハンドドリップということもあり、手に持っているだけでよい香りが漂ってきた。

「tiny peace kitchen」でコーヒーか紅茶を購入するのが利用条件だ
「tiny peace kitchen」でコーヒーか紅茶を購入するのが利用条件だ

ちなみに、コーヒーを飲むと眠れなくなるのでは...と思われるかもしれないが、パワーナップではカフェインの事前摂取が推奨されている。覚醒作用があるため、仮眠する直前に飲んでおくと目覚めを良くする効果があるのだとか。

お昼どきのカフェには大勢のお客。看板メニューのカレーも気になるが、ここは我慢
お昼どきのカフェには大勢のお客。看板メニューのカレーも気になるが、ここは我慢

その足で地下に降り、待っていたのは都会の喧噪とはかけ離れた空間。薄暗い照明に照らされた室内には、チェアやクッションで構成された寝床が8つ並び、アロマが香ったり、川のせせらぎ音が聞こえたりする。関係者によると、以下のような工夫を施しているという。

静寂に包まれた特設ルーム。イベントスペースとして使われることもあるという
静寂に包まれた特設ルーム。イベントスペースとして使われることもあるという

【関係者に聞いた、快適な仮眠への工夫】

・明るすぎず暗すぎない、暖色系の照明(リラックス効果がある)
・柑橘系のアロマ(胃腸の消化を助け、リラックス効果がある)
・ヒーリング系のBGM(睡眠に導入しやすくなる)
・温度を25~28度、湿度を50~60%に維持する(個々の体調に影響を与えない)
・寝床に30~45度の角度をつける(平坦だと、体が本当の眠りと勘違いする)
・起床時間を設定せず、起きない場合はスタッフが声をかける(心理的負担の軽減)
・スペースを男性用、女性用で分ける(心理的負担の軽減)


利用時間は正午~午後2時45分で、今回は午後0時20分から30分間でお願いした。
荷物はカウンターで預かってくれるので、安心して眠ることができる。

仮眠のつもりが爆睡...でも気だるさはなくすっきり

コーヒーを飲みつつ説明書を見る。パワーナップの効果やポイントが分かるのがうれしい
コーヒーを飲みつつ説明書を見る。パワーナップの効果やポイントが分かるのがうれしい

室内の利用手順などが書かれた紙を見ながらコーヒーを飲んだ後は、いよいよ仮眠の時間。

普段はスマートフォンを見たり、音楽を聞きながら横になることが多いと思うが、そんな行為はこの場所では厳禁。ゆったりとした雰囲気に包まれつつ、寝床に体をあずけると...

「眠ったら撮影してもらえませんか」とお願いしていた。すぐ眠ったという
「眠ったら撮影してもらえませんか」とお願いしていた。すぐ眠ったという


すっと眠りに落ち、「すいません、時間過ぎてますよ」というスタッフの声を聞くまで目を覚ますことはなかった。時計を見ると、横になってから既に30分以上が経過。どうやら爆睡してしまったようで、関係者によると「仮眠の域を若干超えてしまったかもしれない」とのこと。それでも頭はリフレッシュし、居眠りした後によくある、気だるさのようなものを感じることもなかった。

スタッフに起こされたときの姿。不眠はどこへやら
スタッフに起こされたときの姿。不眠はどこへやら

個人的な感想としては、コーヒー代でこの環境を利用できるなら大満足。筆者は作業効率が良いほうではないのだが、パワーナップを経験した日は筆も進み、この記事も早めに書き上げることができた。もしかすると、仮眠をとったおかげかもしれない。使い方としていは、例えば週の半ばなど、ここでの頑張りどきに利用したいと感じた。

なお特設ルームの利用者には、パワーナップを初めて経験する人も多いようで、利用した30代の会社員女性は「仕事の効率を上げたいと思い、初めて来ました。少しの時間でもリフレッシュできたので、近場にほしいですね」と話した。

眠くて仕事が進まない“見えない欠勤”をなくそうと始めた

ガイアックスは「Nagatacho GRiD」にオフィスを構えており、今回の特設ルームも同社の主導で開設されたものだ。しかしなぜ、パワーナップの普及に取り組むのだろうか。仕掛け人である同社の木村智浩さんに話を伺うと、当初は社内の生産性を高めるためだったという。

特設ルームの仕掛け人である木村さん。「仮眠=サボりではない」と熱弁する
特設ルームの仕掛け人である木村さん。「仮眠=サボりではない」と熱弁する

「労務担当として自社の生産性を考えたとき、社員には出勤してもパフォーマンスを発揮できていないグループがあり、背景には睡眠不足があると気付きました。睡眠不足が続いた脳は飲酒時と同じ状態にもなります。眠くて仕事が進まない“見えない欠勤”となるより、心置きなく仮眠できる環境があれば、良い影響があるのでは?と考えたのがきっかけです」

こうして睡眠不足を改善する方法を探し始め、行き着いたのがパワーナップ。ニューロスペースの創業者がガイアックスで働いていた縁もあり、2019年5月に社員用の仮眠室を設けたが、より多くの人に利用してほしいと思い、今回の特設ルームの開設となった。

会社の机でできるようネックピローの無料レンタルを予定

今後の課題としては、近隣にパワーナップできる場所がない人の睡眠環境をどう整えるか。木村さんによると、一般企業でパワーナップをするコツは「起きてから6~7時間後に来る眠りのピークに合わせて、20~30分ほどの仮眠を取ること」。その際には夜の睡眠リズムを崩さないよう、頭や首を固定しつつ、がっつりと眠らないことも大切という。

広報の高野さんも関係者の一人。この日はネックピローを購入していた
広報の高野さんも関係者の一人。この日はネックピローを購入していた

こうした環境を提供するため、まずは一般企業の机でもパワーナップできるように、「Nagatacho GRiD」でネックピローの無料レンタルを始める予定という。取材した日は、仮眠に適したネックピローの選定を進めている段階で、広報の高野比呂史さんが候補用の商品を購入をしていた。

木村さんは「官公庁ではトイレの個室で仮眠を取る職員もいます。それほど、睡眠を取れる場所がないのです。昼寝と聞くと悪いイメージを持たれがちですが、適切な仮眠ができれば作業効率の改善にもつながります。パワーナップという考えが当たり前になるといいですね」と期待。高野さんは「日本人は睡眠をないがしろにしがちな部分があります。仮眠が日常的にできる環境を広めていければと思います」と話した。

仮眠と聞くとどこで眠っても同じような印象を持っていたが、今回の体験で睡眠環境の大切さを身をもって感じることができた。なおこの特設ルーム、当初は9月27日で終わる予定だったが、利用者からの反響が大きかったため、今後は不定期開催で継続していく方針だという。

まだまだ聞きなれない「パワーナップ」ではあるが、その効果を実感した身から言うと、多くの企業に今後広まっていく可能性を感じた。このような環境が増え、気兼ねなく「ちょっとパワーナップしてきます」と言える日は近いかもしれない。

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プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。