なぜ、川の近くに6メートルの階段が? 街を歩くと見えてくる自然災害の備え

カテゴリ:暮らし

  • 関西地区の街を歩いてみた
  • なぜ、住宅と蔵が石組みで高くなっているのか
  • 標識に記された「2.4メートル」の意味は…

普段、何気なく歩いている街も、見方を変えれば、この街がどう自然災害に備え、人々が生きてきたのかを感じることができます。

僕は2014年から「Walkin'About」というまちあるき企画を開催しています。これは、参加者の方々にある街を90分間自由に歩いていただき、その後に再集合してそれぞれが得た見聞をシェアするというものです。

災害がきっかけで不便に…

この企画を始めて間もなく、大阪府大東市の住道を巡りました。

学研都市線の住道駅は寝屋川と恩智川の合流点のすぐそばに駅があるのですが、駅北側の大橋の上から眺めると、この2つの川は緑色の鋼鉄の板で流路が区切られていることが分かります。

(C) OpenStreetMap contributprs

ちなみにこの形状の護岸を「矢板護岸」と呼びますが、ここで疑問に思ったのは、なぜこの護岸はこんな形をしているのか、こうなる前はどうなっていたのか、ということです。

恩智川の矢板護岸

住道駅から北に行ったところで、寝屋川にかかる階段を見かけました。

この川を渡るには6メートルほど登らないといけません。なぜこのまちは、こんな不便な形をしているんだろうという疑問が湧いてきます。

寝屋川の護岸にかかる階段

この疑問を携えたまま、僕はそのすぐ前にあった沖縄料理店ののれんをくぐりました。そこの店主から、こんな話を聞くことができました。

「昔はあの土手は土でできていた、寝屋川はきれいな川で、川の中に島があって、人が住んでいた。堤防があんなに高くなったのは、昭和47年の7月と9月に2回、大きな水害があったから。7月は水がなかなか引かず、9月には水が一気に来た。逃げずに家にいたが、最後には助けてもらった。水害の様子はテレビで全国に流されて、沖縄からもずいぶん電話をもらった。水ってこわいもんだなぁと思った。水害のあとに、堤防が高くなった。あれがあって水があふれなくなった。有難いと思う」

災害が起きたことがきっかけで、自分たちの命を守るために、この街は不便な形になってしまったのだろうと実感した経験から、僕らは災害が起こる危険性がある場所で人々はどう暮らしているか、という感受性を持ってまちを歩くようになりました。

「スサノオ神社」がある背景…

ではここから、街歩きしてきた中で見えてきた、街の災害の歴史とその対策について紹介していきます。

まずは、大阪府門真市・古川橋近くにある住宅と蔵です。この石組みで高くした蔵は、地域では段蔵(だんぐら)と呼ばれています。

低湿地帯だった門真は昔から水害に悩まされてきた土地ですが、大雨や満潮によって増水し逆流する淀川の水から家財を守るために、こういう建て方をしているそうです。

門真市・古川橋近くにある段蔵

次に、兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場の南西側には、甲子園素戔嗚(すさのお)神社があります。

高校球児が甲子園出場や優勝を祈願する神社として有名になっていますが、この神社は球場がここにできる前、この場所が枝川と申川という2つの川の分岐点だった時代からここにあります。

甲子園素戔嗚(すさのお)神社

武庫川の本流・支流域には多くの「スサノオ神社」がありますが、これらは武庫川の氾濫で甚大な被害を受けていた村人たちによって、荒ぶる川を鎮めるために祀られています。

つまり、「スサノオ神社」の近辺や武庫川の本流・支流域はかつて川の氾濫で苦しめられたという背景を知ることができ、この街にとって水害は備えるべき災害であることが分かってくるのです。

奈良県北葛城にある王寺町中央公民館の横には屋上まで上がることができる階段が付いています。この建物は1974年(昭和49年)に建てられているのですが、おそらく階段は後から取り付けられたものです。

王寺町中央公民館

1982年(昭和57年)、大和川の水が葛下川を逆流してあふれ、王寺駅周辺の多くが水没しました。久度のあたりでは「57水害浸水深」という標識が電柱などに取り付けられています。

標識を見て回ってみると、一番高いところは「2.4メートル」。つまり、この街は2.4メートルの高さまで浸水したということが、残された記録から分かりました。

王寺というまちは、大和川水系のいくつもの川が合流する場所にあり、もともと水害リスクの高いまちなのですが、こうした地域ではかつての水害の記録を標識などで残していることが少なくありません。

法面

兵庫県川西市・一の鳥居の少し北の能勢電鉄・国道173号線沿いではこんな「法面(のりめん)」を見かけました。法面とは、道路建設や宅地造成などを行った場所で、切土(きりど)や盛土(もりど)により作られる人工的な斜面のことをいいますが、法面の上にある住宅地では、土砂が崩れてくるのを防ぐための工法がしっかりと取られていることが見て取れます。

2017年秋、奈良県生駒郡三郷町にある近鉄生駒線の勢野北口駅から少し東に行った線路沿いで土砂崩落が起こりました。

台風による大雨で住宅の下のコンクリート製の擁壁(ようへき)が崩れて土砂が流出し、むき出しになった基礎がかろうじて上の住宅を支えているのがわかります。

土砂崩落の現場

この現場の近くで、地元の方からこんな話を聞きました。

「あそこは山の裾野。斜面地に土を盛って造成しとったが、その土がちょうど流れてしもうとる。あの山は、まず上の方から造成された。そっちの家は擁壁をしっかり造っとる。あそこは最後まで残っとったところで15年ほど前に造成された。多分手抜き工事やろう。業者はもう倒産してしまっとる。地元のもんはああいうところは買わん。よそからの人が知らんと買ってしもうとる」

ここに住んでいた人たちはおそらく、眺望の良さを気に入って住まいをここに求めたのでしょう。一方で、斜面地に住むにあたっては、大雨や地震などで法面が崩壊するリスクについては、十分に認識していなかったのかも知れません。

近年、大雨や地震のニュースを毎年のように聞くようになりました。日本はもともと自然災害リスクの高い国で、その備えは昔からさまざまな形で行われてきましたが、まちを歩きながら災害に備えるためのデザインを読み解くこと、そして実際に災害が起きた時や、その後のまちの復興に対して、あらかじめ多くの人が考えておくことは、とても大事なことだと思っています。

『歩いて読みとく地域デザイン』(学芸出版社)

執筆:山納 洋(やまのう・ひろし)
1993年大阪ガス入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、メビック扇町、大阪21世紀協会での企画・プロデュース業務を歴任。2010年より大阪ガス近畿圏部において地域活性化、社会貢献事業に関わる。現在同社近畿圏部都市魅力研究室室長。一方でカフェ空間のシェア活動「common cafe」「六甲山カフェ」、トークサロン企画「Talkin’About」、まち観察企画「Walkin’About」などをプロデュースしている。著書に『common cafe』(西日本出版社、2007年)、『カフェという場のつくり方』(学芸出版社、2012年)、『つながるカフェ』(学芸出版社、2016年)、『地域プロデュース、はじめの一歩』(河出書房新社、2018年)、『歩いて読みとく地域デザイン』(学芸出版社、2019年)がある。

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