生徒のいじめや自殺、教員の不祥事の度に、記者会見でひたすら頭を下げる教育委員会。いまや教育委員会には、「事なかれ主義」「隠蔽体質」のイメージがすっかり定着してしまった。しかし教育委員会の本来の目的は、子どもたちの理想的な学びの実現にある。何が教育委員会をこういう姿にしてしまったのか、現役の教育委員に取材した。

一般市民が行政を委ねられる“レイマン・コントロール”

東京都八王子市は公立小中学校108校、生徒約4万3千人、教職員は約3千人を抱える中核都市だ。これだけの規模を、教育委員会の職員ら約500人でカバーしている。このトップに立つのが教育長だ(任期3年)。さらに教育長を支える教育委員が4人いて、この5人が八王子市の小中教育に関する最高決定機関となっている。

教育委員会の業務は広く、公立小中学校などの設置や廃止、教職員の人事、学習・生徒指導、教科書、スポーツや社会教育など、学校教育に関するおおよそすべてのことが関わってくる。

八王子市教育委員の村松直和さん
八王子市教育委員の村松直和さん
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八王子市教育委員の村松直和さん(50)は、2015年10月からこの職を務めている。村松さんはPTAから保護者枠として選出され、首長から任命された。村松さんは言う。

「教育委員は『レイマン(素人)・コントロール』、つまり一般市民が行政を委ねられるかたちとなっています。だから、私のような保護者ですとか、大学の教員など学識経験者がなっています」

教育委員会はときとして、一般行政とは線が引かれて「教育のプロ」が集まることで、排他的になることがある。こうしたことを防ぐため、一般市民を入れた「レイマン・コントロール」が行われているのだ。

学校訪問で児童・生徒を確認

教育委員会では月に2回程度の定例会があり、会議では事案について議論したり、事務方からの報告を聞くという。
「市区町村によっては月に1回、30分程度で会議が終わるところもあるし、八王子のように何時間もやるところもあります」

村松さんの本業は僧侶で、教育委員は兼務としてやっている。非常勤である教育委員の報酬は、八王子市の場合、月11万8千円。報酬は市区町村によってばらばらで、5万円から30万円程度とかなりの差があるという。会議に出るだけでこれだけの報酬があると聞くと、実入りのいい職業にも思えるが、実際の業務は定例会だけではない。

「八王子市では各教育委員が年に6校を訪問し、授業観察します。その際には教員の学習指導の仕方、例えば板書を指導方法通りやっているかなどを確認したり、校舎の劣化状況や掃除がきちんとされているかどうか、さらに教職員室が整理整頓されているかまでチェックします。また、児童生徒の状況を校長にヒヤリングもします」

「自治体の行事、たとえば成人式や学校の卒業式の出席もあります。さらに首長と教育長、教育委員が年に3~4回、『総合教育会議』といって意見交換を行います。ほかにも教育委員の仕事で大変なのは、教科書採択です。こちらは4年に1度なので、任期中に必ず小学校と中学校の教科採択で2回やることになります」

重大事案しか報告されない

こうした日々の職務の中で、生徒同士のいじめや教職員の不祥事についての情報は、教育委員にどのように入ってくるのだろうか。

「入ってくるのは重大事案、たとえば生徒が亡くなった、自殺未遂したという事案はすぐに報告を受けますが、生徒同士のけんかは、教育委員には入ってきません。けんかについては、学校内で解決することもあるし、事務局内で処理されることもあります。けんかは大小案件が多すぎるので、年一回定例会で報告を受けます」

「生徒のいじめや死亡、自殺未遂、大けが、教職員の不祥事になると『こういうことが起こりました』と教育委員に報告がきて、話し合いが行われ、重大事案となれば教育長は教育行政の責任者ですから、発表を行うことがあります。」

教育行政の閉鎖性を打破せよ

しかし、こうしたシステムのあり方が、ときとして対応の遅れや隠ぺいにつながらなかったか?

こうした状況を変えるためのキーワードは、「レイマン・コントロールの徹底」と村松さんは言う。
「教育委員会の事務局の一人一人は一生懸命やっているのに、変えなければいけないシステムがたくさんあります。まず、教育委員会の中に教育委員を常駐させて、地域や保護者の意見なども含めて日常的に報告が上がるシステムにしないと、何のためのレイマン・コントロールなのかわかりません。また、常駐の教育委員は国から報償をもらうことにする。これによって所属する市区町村の行政に気兼ねすることもなくなります」

そもそも一般市民を教育委員に起用する「レイマン・コントロール」の狙いは、教育行政の閉鎖性の打破にあったはずだ。しかし実際には教育委員はかたちだけの「名誉職」であることが多く、実務は「教育のプロ」である行政側・事務局が担っている。

こうしたことが、これまで教育委員会の判断が、あまりに世間の常識からかけ離れたことにつながったのではないか。

教育委員と事務局がしっかり対峙し、丁々発止の議論をすることが、教育現場の活性化につながるはずだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【イラスト:さいとうひさし】

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鈴木款著
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政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。